研究課題/領域番号 |
23247004
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
西村 欣也 北海道大学, 水産科学研究科(研究院), 准教授 (30222186)
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研究分担者 |
三浦 徹 北海道大学, 地球環境科学研究科(研究院), 准教授 (00332594)
岸田 治 北海道大学, 北方生物圏フィールド科学センター, 准教授 (00545626)
道前 洋史 北里大学, 薬学部, 助教 (70447069)
北野 潤 国立遺伝学研究所, 集団遺伝研究系, 教授 (80346105)
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研究期間 (年度) |
2011-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | エゾサンショウウオ / 表現型可塑性 / 形態 / 幾何学的形態解析 / 地域集団 |
研究実績の概要 |
エゾサンショウウオ(Hynobius retardatus)は、北海道の森林地域に棲息する有尾両生類である。早春、雪解けで出来た池に産卵された卵塊から、1ヶ月ほどで幼生が脱出し、池の中で発生が進む。幼生は捕食・被食,競争などの状況で行動が変わったり形態も変化する。これら表現型の可塑性の中には、状況に応じた適応的機能を持つと考えられるものがあることから、本種幼生は、「表現型可塑性」の生態学的機能とその進化メカニズムを研究するのに適したモデル生物である。本種幼生の表現型可塑性の中で特に興味深いのは、形態(形)可塑性である。捕食者や被食者との関係や、同種他個体との関係によって、形態が顕著に変化する。本研究は、そうした生態学的状況における、可塑性による幼生の形態変化について、(1) 変化を生じさせる状況と変化の定量的把握により、個体の可塑的形態発現を起こさせる文脈、発現形態の機能、(2) 形態発現メカニズムの遺伝的基盤、(3) それらを生物地理的に理解するための地域集団間の違いを調べる。 捕食者生物であるトンボのヤゴが存在する状況、餌生物であるカエルのオタマジャクシがいる状況のそれぞれで、幼生が防御的形態、捕食攻撃的形態に変化することが知られていることを踏まえて、防御形態、攻撃形態のそれぞれの形態発現において、ゲノム遺伝子の発現パターンの比較をRNA-seqによって行った。その結果、防御形態発現で特徴的に発現量の増えた遺伝子の数が、攻撃形態発現で特徴的に発現量が増えた遺伝子に比べ、およそ5倍であった。防御形態発現では、より劇的な形態の再構築が起こっていることが想定された。両者の形態発現に共通で発現量が増加した遺伝子があった。これらは異なる形態発現に共通する形態構築に関わる遺伝子と考えられた。また、本研究におけるとランスクリプトーム分析によって、エゾサンショウウオの全ゲノムについて遺伝子ライブラリを得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の項目: (1) 変化を生じさせる状況と変化の定量的把握により、個体の可塑的形態発現を起こさせる文脈、発現形態の機能、(2) 形態発現メカニズムの遺伝的基盤、(3) それらを生物地理的に理解するための地域集団間の違いを調べる。 の3項目のうち、前年度までに項目(2)について精力的に研究を進め、遺伝子発現の定性的パターンを捉えた。本年度計画として、地域間で表現型可塑性に何らかの(どのような)変異パターンがあるかを調べる研究を実施した。 北海道全域から5箇所の地域集団(函館、野幌、襟裳、北見、天塩)を選び、それらの地域から、産卵直後の卵塊をそれぞれ数十採集し、飼育実験で、孵化幼生を餌生物(オタマジャクシ)と関係をもたせながら発生させ、捕食攻撃形態を発現させた。加えて、孵化直後の個体と、オタマジャクシなしで発生させた個体を比較のために用意した。各個体は背面と側面から、形態をデジタルカメラで撮影し、幾何学的形態解析法で、「形」と「大さ」の測定を行い、地域集団間の比較に供した。 5地域集団の幼生は、孵化直後で、「形」と「大さ」が異なっていた。孵化直後の「形」から、オタマジャクシあり・なしで発生が進んだ後の「形」の変化は、発生に伴う2つの可塑的形態発現の経路を表し、2経路を合わせた状態を、発生に伴う形態の「反応規範」と捉えることができる。3つの地域では反応が大きく、2つの地域では反応は小さかったが、5地域集団で、「反応規範」はそれぞれ異なっていた。定量化された「形」データは、高次元のデータであり、発生に伴う形態の「反応規範」のデータは複雑であり、さらなる分析方法の模索が必要となった。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の項目: (1) 変化を生じさせる状況と変化の定量的把握により、個体の可塑的形態発現を起こさせる文脈、発現形態の機能、(2) 形態発現メカニズムの遺伝的基盤、(3) それらを生物地理的に理解するための地域集団間の違いを調べる。 の3項目のうち、(2), (3)について、前年度までと本年度で、研究に着手し、ある程度の成果を得た。 本年度実施の研究から明らかになった、発生に伴う形態の「反応規範」が地域集団間で異なることは、幾つもの新たな研究テーマを想起させる。地域集団間の地誌的な系統関係と、「反応規範」の地域集団間の差異は何らかの化学的な説明の言葉で結びつくのではないだろうか。そこでまず、地域集団間の地誌的系統関係について調べることとした。さらに、系統関係と反応規範の地域差を結びつける説明を探求するための研究を進める。 一方、上に記した研究項目の(1)についても取り組む。エゾサンショウウオ幼生が示す表現型可塑性の中で、「変化を生じさせる状況と表現型の変化」がより込み入った関係で生じているのが、幼生間の共食いの発生に起因して起こる表現型可塑性である。集団の中で、共食い型が生じ、非共食い型と2型になる。どの個体がどのような状況を経験して、共食い型に、あるいは非共食い型になるのか、集団状況と表現型可塑性の結びつきをどう捉えられるかが問題であり、それに取り組む。
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