これまでの非同期式回路の設計は,非同期式回路設計の熟練者がその知識と経験を駆使して手作業で作り上げたものであり,一般の設計者にとっては難しいものであった.本研究では,一般の設計者が,非同期式設計に親しみ,容易に高い性能を持つ非同期式回路を設計し,動作を確認することができるような枠組みを構築することを目的としている.最終年度である本年度は,非同期式回路設計の容易化に取り組み,特殊なフリップフロップを用いることで,遷移型非同期式回路を非常に直感的かつ容易に設計する手法について検討した.遷移型制御方式は,要求・応答信号の,レベルではなく遷移(立ち上がり,立ち下がり)を用いるため,レベルを0に戻す休止相が必要なく,高速な回路が実現できる.一方,現実のゲートは電圧レベルに基づいて動作するため,遷移に基づく非同期式回路は設計が難しく,その長所を活かすには非常に高い専門知識を必要とした.本研究では,以前に我々が開発した,複数のクロック入力を持ち,立ち上りと立ち下がりの自由な組み合わせにより一本の出力を制御する,新しいフリップフロップを用いることで,遷移型制御回路のテンプレートを構築することを考案し,いくつかの例題に適用して,その効果を確認した.その結果,例えば,従来専用ツールと特殊な知識を用いてのみ設計することが可能であった7素子からなる制御回路を,上記の特殊なフリップフロップ1つのみで,非常に直感的に構成することができた.また,性能においても,従来の回路と同等か,それ以上の性能が得られることがわかった.ただし,現状ではより多くの消費電力を要することがわかっており,今後の課題である.さらに,本設計方法を用いて非同期式ネットワークオンチップルータを設計し,実際に試作を行った.試作チップは良好に動作し,本設計方法の実用性を示すことができた.
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