研究課題
本研究課題は、BDNF(脳由来神経栄養因子)とその前駆体タンパクproBDNFという近縁分子が、長期記憶の細胞基盤と想定されるシナプスの新生と廃止にそれぞれクリティカルに関与している、という研究代表者らの独自仮説を、研究代表者ら自身が確立したモデル実験系を用いて実証することを目的とする。本年度は、目覚ましい成果が上がった。第一に、BDNFはTrkBと呼ばれる受容体と高親和性に、p75と呼ばれる受容体と低親和性に結合すること、および、逆にproBDNFはp75と高親和性に、TrkBと低親和性に結合することが知られているが、これに着目しての実験結果である。シナプス新生を導くはずの刺激を、TrkBを抗体で遮蔽した条件で行うと、単にシナプス新生が阻害されるのではなく、むしろシナプス廃止が導かれた。これはシナプス新生を導くはずのBDNF分泌が、TrB遮蔽のためp75受容体刺激にすり替わった結果であると解釈できる。また、その逆に、シナプス廃止を導くはずの刺激をp75の遮蔽下で行うと、単にシナプス廃止が阻害されるのではなく、シナプス新生が導かれた。これらの結果は、BDNF-TrkB信号がシナプス新生を、proBDNF-p75信号がシナプス廃止をもたらすという仮説を側面から裏付ける成果である。第二に、シナプス新生の時間経過について、同一細胞同一部位の継時的な観察による追跡に成功したことである。これまで、固定標本の統計的処理によって論じてきたシナプス新生が、間違いのないものであることが実証できたばかりでなく、この観察によって新しい事実が判明した。刺激からシナプス新生までの間に、何も起きていないように見える数日間の「潜伏期」のあることがこれまでに分かっていたが、この時期には実は「何も起きていない」のではなく、シナプスの新生と廃止がともに高進するため、ただ総和として増加していないという時期なのであった。つまり、シナプスは常時ゆらいでおり、いったんゆらぎが高進したあと、新生側にバイアスがかかって結果的に増加する、という動態が判明した。
1: 当初の計画以上に進展している
9項に記したように、中心課題である仮説の検証が進んだばかりでなく、新たな知見がえられた。とくにゆらぎ原理にもとづくシナプス新生の解析は、これまで理解できなかった「潜伏期」の内容を明らかにするもので、意義が大きい。また、この結果は、すでに報告済みの細胞骨格調節タンパクの動態とも合致し、多くのデータに整合性を与えるものであった。
代表者らが発見し、本課題解析のための独創モデル実験系である「繰り返しLTP誘発後のシナプス新生:RISE」「繰り返しLTD誘発後のシナプス廃止:LOSS」が、動物個体の行動上の記憶とどのように関係しているか、という問題には、まだ解答が得られていない。もちろん、細胞レベルの解析モデル現象が、行動レベルの現象のすべてを反映する必要はないが(それはLTP、LTDの行動的意義についても同様)、重要な問題である。手掛けている遺伝子改変動物の検討を急ぎたい。またRISEの特異的阻害剤を脳内投与した動物個体の行動の解析も急ぎたい。
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http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/jp/seminar/21a.html