本研究の最終的な目的はヒトの二足立位歩行制御に関与する脊髄神経機構の構造と機能を解明することにある。この目的に迫るために、次の課題を解決することを目標とする。課題1:ヒトの歩行リズムと筋トーヌスを発生する脊髄神経機構を賦活し、その性質を調べるための実験系の確立、課題2:両系を発動するのに必要な上位中枢からの脊髄内下行路の同定、課題3:両系を発動あるいは活動を変調する感覚入力の解明。課題4:TONE系とCPG系を構成する脊髄神経回路のモデル化、であった。最終年度の研究目標は課題2から4について進めることであった。課題2に関しては、昨年度までに脊髄不全損傷者の脊髄横断MRI画像解析から残存下行路を同定することを計画したが、このような解析に適する脊髄損傷者の数が十分集まらず、特定下行路の同定には至らなかった。しかし、脊髄吻尾方向の活性度を定量的に評価する新たな手法(脊髄機能マップ)を用い、健常者と脊髄損傷者でこれを比較することに成功した。さらに課題3に関しては、経皮的な脊髄電気刺激により下肢の多くの筋から誘発電位を記録する新たな手法(MMR)を用い、感覚入力の影響を複数筋で評価することができた。健常成人男性16名と不完全脊髄損傷者7名、完全脊髄損傷者3名の計26名を対象とし、健常者はトレッドミル歩行、脊髄損傷者はロボットを用いたアシスト歩行、それぞれを行っている際の下肢筋電活動を記録した。この筋活動電位データを、下肢各筋を支配する脊髄髄節を基に吻尾方向での活性度分布に変換した。その結果、脊髄損傷者では損傷高位や程度により機能マップに大きな違いが現れることが明らかとなった。さらにMMRを健常者5名で行い、歩行中の脊髄反射経路の変調を複数筋で評価することができ、ヒラメ筋のような抗重力筋では荷重関連感覚入力による抑制が強く起こることが明らかとなった。
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