本年度については,主に生糸繰糸に使われる「繰糸鍋」に関する検討を行った.煮繭・繰糸鍋は,糸道機構と共に製糸機械の重要なプロセス・装置であり,各時代による形態的・機能的な変遷が見られる.岡谷蚕糸博物館で収集・所蔵されている諏訪・岡谷地方の繰糸鍋101個について,形態的特徴の分析を行った.繰糸鍋の形状は多岐にわたるが,各繰糸鍋のタテ幅・高さ・ヨコ幅・内側・緒の長さの5パラメータを元に計測・調査を行い,得られたデータをクラスター分析で解析した結果,丸型,丸型変形,長方形型の3つの形状グループに分類することができた.また当時の繰糸工程を再現した,繰糸張力,繭剥離張力,および繰糸中の繭の繰糸鍋内での拡散範囲に関する実験,および検討も引き続き行った.これらと蒸気口,作業者との位置関係の人間工学的解析などを行った.研究成果については,日本蚕糸学会,およびシルクに関する国際会議(招待講演)で発表を行った. また本研究課題では,日本における近代繰糸技術・装置の解析と共に,中国から中央アジア,欧州に至る繰糸技術の地域的変遷,および歴史的変遷を調査することにより,俯瞰的で国際的な技術の流れを検証する予定であった.昨年度に中国中部,および特徴的な繰糸技術を現在も有しているホータン市(新疆ウイグル自治区)の調査を予定していたが,政治情勢等が不安定であったため断念し.本年度に研究経費(一部)の繰り越し手続きを行った.しかし,中国と日本の政治的情勢や新疆ウイグル自治区における政情不安があり,結果的に渡航・調査することができなかった.
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