研究課題/領域番号 |
23320021
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研究機関 | 東洋英和女学院大学 |
研究代表者 |
岩田 和子(渡辺和子) 東洋英和女学院大学, 人間科学部, 教授 (00223397)
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研究期間 (年度) |
2011-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | エサルハドン / アッシリア / 誓約 / 誓約儀礼 / 呪い / 申命記 / 一神教 / タイナト |
研究実績の概要 |
アッシリアの「エサルハドン王位継承誓約文書」(Esarhaddon’s Succession Oath Documents = ESOD、紀元前672年)の分析を中心に研究を行った。成果は次の3点にまとめられる。 (1)1955年発見、1958年発表の「ニムルド版」に加えて、2009年発見、2012年発表の「タイナト版」による新情報によって、ESODの構成要素が①印章の説明、②表題、③命令、④制定事項、⑤関係節、⑥条件節、⑦帰結文、⑧第1人称の誓約、⑨奥付の9つあることを明らかにした。そのうち③、④、⑧が中核を成し、⑥は誓約に違反する場合を示し、⑦は違反に対する罰としての「呪い」であることを解明した。それによって本研究代表者(Watanabe 1987)に主張していたESODの構成が確証された。(2)ESODは法的文書の形式をもつが、誓約には儀礼が伴っていた。ESOD本文及び同時代の王碑文を検討し、誓約の文言を唱えると同時に、水を飲む、油を皮膚に擦り込むことによって、誓約違反の場合には、体内の水や油が呪いの力となり、生命を脅かすことを覚悟する儀礼が行われたと推論した。(3)ESODは、それ以前の約2000年間のメソポタミア文化の集大成でありながら、その後の人類史にも多大な影響を与えた。エサルハドンが達成したアッシリア最大版図の各地にESODの書板がもたらされ、神殿で崇拝されたことは重要である。またESODには普遍的倫理が説かれている点に瞠目すべきである。たとえば、自分の命を愛するように主君を愛すること、全身全霊で主君に仕えること、神アッシュルが調印したESODの書板を自らの神として守ること、ESODの内容を家庭教育のなかで子子孫孫に伝えることなどを要求している。このような教えは一神教の成立だけでなく、「申命記」を経てその後のキリスト教にも影響を与えたと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
(1)ESODの翻訳(邦訳と英訳)、詳細な注釈に取り組んだ結果、構成、編集などの在り方について、新たな発見があった。文法を重視して、特に動詞の直説法と接続法の違いを明確に分けて翻訳作業を行うことによって、これまで学界で認識されていなかったアッシリア語の接続法の用法を精密に示した。 (2)「呪い」の部分の翻訳作業においては、ESODの編者がそれまでの「全世界」に伝わる呪いの言葉を収集し、編集した形跡を把握した。 (3)ESODが説く「普遍的」倫理は、一つの民族にとどまることなく、「誰であっても、どこにいても」守るべきこととして説かれている点の重要性、特に後代への影響力を指摘した。 (4)ESODが粘土というマス・メディアによって大量発行され、当時の「全世界」の隅々から召集された代表者に1部ずつ持ち帰らせて、神として守らせたことは、人間の精神史のなかできわめて画期的であったことに着目した。
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今後の研究の推進方策 |
(1)ESODの邦訳と注釈を公刊する。 (2)ESODの総譜翻字、英訳、注釈を公刊する。 (3)研究成果を国内外の学会で発表する。 (4)「契約」「誓約」「条約」の概念区分について、研究史においての研究成果を明らかにし、新たな概念(区分)を提案する。
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