平成27年度も、『エサルハドン王位継承誓約文書』(Esarhaddon's Succession Oath Documents = ESOD)の再編纂作業を進めた。特に、2009年にトルコのタイナトの神殿で発見された「タイナト」版(Lauinger 2012)によって得られる新テクストを編纂に組み入れることによって、いくつかの新知見を得た。 ①ESODの本文構成を詳細に検討した結果、誓約内容の提示、誓約に違反する場合の具体例(条件節)の提示があり、その結果としての罰が、アッシリア内外から収集した様々な呪いの言葉として付されていることが明らかになった。②これによって、この文書がそれまで他の研究者によって主張されてきたような「条約」ではなく、法的文書としての誓約文書であることが決定的に証明された。③従来は「契約」、「誓約」、「条約」などに分類されてきた古代近東の諸文書の研究が再考される必要性を示した。④法、宗教、政治などの分野別、目的別の文書研究には限界がある。ESODのように法的文書でありながら、その文書自体が神によって調印され、またそのために神格化され、また政治的手段としても用いられるという文書が、当時のアッシリアの支配下全域に配布されたことの意義は大きい。その後の展開について研究を深めることは今後の課題である。⑤宗教史、思想史の革新が、たとえばヤスパースの「枢軸の時代」ではなく、宗教的かつ政治的忠誠の立脚点としてのESODが広く行きわたることによって形成された「グローバルスタンダード」が、誓約に基づく一神教への道を開いた可能性を示唆した。 これらの研究成果は英語及び日本語のいくつかの論文によって公表し、第61回国際アッシリア学会(スイス)のほか、国内での諸学会と研究会で口頭による報告を行った。
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