研究概要 |
故片山龍峯氏の記録したアイヌ語鵡川方言音声資料120分カセットテープ66本、約150時間分を聞き起こし、アイヌ語に日本語訳をつけ、その中から辞書項目を抽出。見だし語数約6500語の音声データ付日本語―アイヌ語辞書をウェブ上に作成した。本辞書はアイヌ語鵡川方言の初めての辞書であり、本格的な初の日本語―アイヌ語辞典であると同時に、ウェブ上で検索して音声の聞ける、初のオンラインアイヌ語辞典でもある。 また、その資料を用いて鵡川方言の記述的研究を行い、その特徴を明らかにするとともに、周辺の沙流・幌別・千歳方言などとの比較を行った。鵡川流域は胆振地方に含まれる地域だが、地理的に日高の沙流川地域に近く、漠然と沙流方言に近似していると考えられてきた。しかし、分析の結果、従来考えられていた沙流方言との均質性は形態統語的な部分に限られ、語彙的にはより複雑な関係であることが判明した。沙流方言の最大の文法的特徴である他動詞の人称接辞の接頭辞性と、一人称人称接辞ku=, ci=の母音前での-u, -iの脱落は鵡川方言にも見られ、また、人称代名詞の複数形が-okay系にならず、-oka系で統一されていることは、やはり沙流方言との近似性を見せる千歳方言より、鵡川方言のほうがさらに沙流方言に近いということを示している。 その一方で、cakke「開く・~を開ける」などの千歳方言などとの共通語彙や、puray「窓」などの幌別方言に共通する語形の存在。また、iyapo「父親」などは沙流川下流域の方言と共通するが、hinak「どこ」などはむしろ沙流川上流域に共通することなど、周辺諸方言との複雑な歴史的な関係をうかがわせる語例が確認された。 こうしたことから、本資料がこの地域でのかつての人間の移動や、社会的な関係を推測するための重要な言語資料であることを、明らかにすることができた。
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