研究課題
アナトリア諸語には、印欧祖語の*-ye/o-という接尾辞で特徴づけられる動詞が多くみられる。ヒッタイト語に関しては、古期ヒッタイト語の能動態動詞は一般に-ye- (< *-ye-)を持つが、一部の動詞は-ya-を示している。しかしこの-ya-は、「アナトリア祖語の*eは共鳴音が後続する開音節の位置でアクセントが先行する場合、ヒッタイト語でaになる」という音法則によって説明することができる。したがって、前ヒッタイト語の時期では接尾辞*-ye-が能動態動詞パラダイムに一貫していたと考えられる。これに対して、楔形文字ルウィ語の場合は-i- (< *-ye-)と-(i)ya- (< *-yo-)は独自の分布を示している。ヒッタイト語と同様に、-i- (< *-ye-)を持つ動詞が圧倒的に多いが、過去時制において-(i)ya-を示す3人称単数動詞が少数であるがみられる。これらの動詞の接尾辞-(i)ya-については、音法則によって導くことができない。ルウィ系諸言語の3人称動詞過去形には共時的な観点から確実に中・受動態と認定できる動詞がない。能動態と中・受動態のあいだの対立の欠如は、中・受動態語尾が能動態動詞にも広がり、3人称過去形を示す一般的な語尾として用いられるようになったと考えれば無理なく理解することができる。したがって、うえで示した楔形文字ルウィ語の-(i)ya- (< *-yo-)を持つ過去形動詞は、起源的に中・受動態の特徴である接尾辞*-yo-を継承する貴重な形式であると考えられる。以上の分析から、楔形文字ルウィ語でもヒッタイト語の場合と同様に、母音*oを持つ*-yo-という接尾辞を能動態動詞のパラダイムに再建する根拠は見出すことはできない。この知見は、語幹形成母音*-e/o-はパラダイム内部で交替するという伝統的な印欧語比較文法の見方と根本的に相容れないものである。
2: おおむね順調に進展している
文献資料の整理・分析という基礎作業が順調に進み、その作業に基づく言語学的分析により新たな知見が得られている。またその成果が雑誌論文や研究発表というかたちでいくつか公表された。研究発表に基づいてまとめられた論文も今後雑誌論文に発表する予定である。以上より、おおむね順調に研究計画が進んでいるといえる。
過去2年間の研究期間内に、接尾辞*-ye/o-によって特徴づけられるヒッタイト語および楔形文字ルウィ語の能動態動詞については、語幹形成母音として*-e-が一貫して再建されなければいけないことを主張した。ここで引き出された知見は、語幹形成母音*-e/o-はパラダイム内部で交替するという伝統的な印欧語比較文法においてとられている見方と根本的に相容れない。ほかのアナトリア諸語の能動態動詞を精査したうえで、アナトリア祖語に一貫して再建される*-e-がアナトリア語派が分岐する以前の印欧祖語の状態を保持している特徴なのか、それともアナトリア語派内部での革新的特徴なのかを検証しなければならない。これは今後検証していかなければならない重要な課題のひとつである
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