本(最終)年度の津市石水博物館蔵長井家文書の調査は、7月10日~15日、8月7日~11日、10月30日~11月4日までの3回実施し、研究協力者の助力を得ながら同家文書の整理と目録作成及び文書群の構造分析を進めた。その結果、総計で約1万4千点の整理を終え、当初計画の1万2千点を超えることができた。さらに本研究の目的でもある研究基盤創出のための保存・公開について、1月22日~24日に具体的な処置法の検討と処置を施した。また最終年度に当たることから研究成果を現地に還元する目的で、3月8日に津商工会館丸之内ホールで「科研費調査報告 シンポジウム 伊勢商人長井家の経営」を開催し(報告者6名)、80名を超える参加者と活発な質疑応答をも行った。 研究の主テーマである文書群の構造分析の結果、約200年間に亘る江戸店からの来状が主ではあるが、松坂本店で作成・授受した多種・多様な文書群も混在していることが判明した。江戸からの来状は、松坂本店当主や支配人宛で、経営に関わる具体的な取引内容や帳面の仕立て方法、江戸での出来事をも報告している。最も意義あることは、決算帳簿である「店算用目録」では金額のみしか記載がないが、その具体的取引内容を補完する情報である。一方松坂本店で作成・授受した文書群は、長井家と他家との年始・年末・五節句時の贈答儀礼に関わる文書群が多く、これにより交友関係の把握ができる。さらに長井家の「店則」に関わって、経営会議、営業規定、役職とその業務分担の実態が把握できることも意義があろう。また本居宣長の自筆書状の新発見があり、松坂で医者だった宣長が長井家の当主を診断した結果を、当人ではなく支配人に報告したもので、医者としての実態把握の文書がない状況に一石を投じるものであることを付言しておく。
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