研究概要 |
楠木は,『名家叢書』に収められる荻生北渓・深見有隣らによる徳川吉宗への清朝史研究の報告書を分析し,原典史料が康煕版『大清会典』であること,荻生や深見が清朝を中華的側面と北アジア的側面を持つ二重帝国とするという理解に到達していたことを明らかにした。また『大清会典』が『大明会典』を模したものであり,清朝独自のものも,明朝の制度・組織の枠組みの中に押し込まれており,漫然と読むと,皇帝独裁的な体制しか読み取れないが,荻生や深見は自らの置かれた幕藩体制と対照させながら,章立てにとらわれず虚心に全体を精査してこの結論にいたったことを突き止めた。 井川は,デュ=アルド『シナ帝国全誌』のフランス語フォリオ原版(1735)のデジタル画像を,フランス国民図書館ガリカプロジェクトのHPから入手し,訳文に定評のある筑波大学附属図書館所蔵英語版(1736)を参照しながら,フォリオ原板から,『シナ帝国全誌』の訳注に着手した。 浪川と楠木は,荻生北渓『建州始末記』の異本を名古屋の蓬左文庫で発掘するとともに,松浦史料博物館で調査を行ない,『建州始末記』の原史料である『経国雄略』に関する松浦静山の解題・評価を自筆稿本中から発見した。 上田・楠木は,荻生北渓・深見有隣らの研究に触発されながら,購入した図書(史料影印本)を用いて自らの清朝国家論理解を深めた。楠木は,その過程で,北京・青海省の博物館・史跡,台湾の文献館・博物館でも調査を行なった。二人の検討の結果,現時点では,荻生北渓・深見有隣らの研究を乗り越えるためには,清朝が二重帝国であったことを指摘するだけではだめで,両者がどのように組み合わさっていたのか,結局清末に至ると,中華帝国に見えてしまったのはなぜかを究明しなければならないという結論に至った。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
2011年7月の通達により科研費を7月に7割,10月をめどに3割,分割して交付されることになり,また減額される可能性が説明され,慎重な執行が求められたため,7-8月に予定していた海外出張の一部を延期・中止した。さらに購入予定していた大型図書の出版も延期され,研究計画を変更しなければならなかったが,計画変更により,国内調査・図書購入・史料のデジタル化を重点的に行い,研究目的に相応しい新たな研究を展開できた。
|
今後の研究の推進方策 |
グーグルブックに加え,フランス国民図書館,オランダ王立図書館,ゲッチンゲン大学などにおけるデジタルライブラリの展開はめざましく,17-18世紀の欧米の古典籍の多くがWeb上から閲覧できるようになったので,ヨーロッパへの海外調査は精査する。その一方,史料公開の現状から中国・台湾への史料調査は継続しなければならない。また日本国内の調査も,目録は完備しているが,和本のデジタルライブラリ化は,所蔵機関によって差があり,また原本を閲覧する必要性も出るので,事前の準備を十分に行ない,Web上で史料を獲得するか,複写を取り寄せるか,実際に出張して原本を確認するかを判断して,研究費を有効に使うことにする。その一方で,関連する図書が,中国から続々と出版されているので,図書・研究資料購入に研究費を重点的に用いる必要がある。
|