研究概要 |
トポロジカル絶縁体は,物質の申身は絶縁体で,その表面では特殊な金属状態が実現し,欠陥や不純物によって電子が散乱されずエネルギーを損失することなく伝導ができるというとても魅力的な性質が期待されている。一方,2009年にビスマスセレナイド(Bi_2Se_3)がトポロジカル絶縁体であることが発見されて以来,国内外で精力的に研究が行われる様になった。世界中の研究グループにより,表面電子電流の直接検出を試みるべく数々の実験が行われたが,結果的には不本意な結晶内部の電流に支配され[2]、表面だけに生じる電流がとらえられなかった。このような中、表面電流が結晶内部に漏れることのない,より理想的な新しいトポロジカル絶縁体の物質探索が必要となってきた。 本研究では,広島大学放射光科学研究センターの高輝度放射光を用いた高分解能・スピン角度分解光電子分光および低温走査型トンネル顕微鏡(LT-STM)を用いて,新しいトポロジカル絶縁体を独自に作成し,それらの運動量空間におけるヘリカルスピンテクスチャーの詳細な解明を行うことが目的である。平成23年度は,「スピン・角度分解光電子分光(SR-ARPES)装置の高効率化および測定」,「新しいトポロジカル絶縁体の開発・基礎物性評価」,「低温走査型トンネル顕微鏡(LT-STM)を用いた微分コンダクタンス像観測」を具体的な計画事項として掲げた。その結果,平成23年度の計画目標を順調に達成することが出来た。 具体的には,新しいトポロジカル絶縁体TlBiSe_2,PbBi_2Te_4,Bi_2Te_2Se,Bi_2Se_2Te等の様々な3元カルコゲナイド物質について,トポロジカル絶縁体であることを実験的に確立し,それらのトポロジカル表面状態のスピン偏極度を精度よく捉えることができた。特に,Bi_2Te_2SeやBi_2Se_2Teについては,ディラック点を境として,トポロジカル表面状態上部だけでなく,下部についても明確なスピンテクスチャーを捉えることに成功した。またトポロジカル表面状態全体に渡って高いスピン偏極度を維持していることから,これらの物質が将来的なデバイス応用にとって有望であることを示した。これらの成果を,国内外の学会にて報告し,その一部については,国際学術雑誌に掲載あるいは採択されており既に国内外から高い評価を得ている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成23年度では「スピン・角度分解光電子分光(SR-ARPES)装置の高効率化」が順調にすすみ,エネルギー分解能,運動量分解能において世界最高性能を達成した。このため比較的早い段階で具体的な物質を対象とした実験を開始することができ,いくつかの3元カルコゲナイド物質におけるトポロジカル表面状態が高いスピン偏極度を有することを明らかにした。これらの研究成果をすでに論文として投稿しており,一部については掲載が決定している。
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今後の研究の推進方策 |
平成23年度には,分子線エピタキシー装置の整備を行いおおよそ準備は整ったことから,平成24年度では新しいトポロジカル絶縁体のエピタキシャル膜の作成を行う。トポロジカル絶縁体は,膜厚が低下し,ある臨界膜厚よりも薄くなるとトポロジカル絶縁体から普通の絶縁体に転移することが知られるが,その際のスピンテクスチャーの変化についてはまだ未解明のままである。そこで開発した高効率SR-ARPES装置を用いて,トポロジカル絶縁体薄膜のトポロジカル表面状態についてスピン解析を行うことにより,いわゆる「トポロジカル転移」にともなうスピン構造の変化について精密に捉えたい。
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