研究課題/領域番号 |
23340117
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
井上 慎 東京大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (10401150)
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研究期間 (年度) |
2011-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 量子エレクトロニクス / 原子・分子物理 / 低温物性 |
研究概要 |
量子縮退した極性分子気体の実現は量子エレクトロニクス分野の悲願のひとつである。最近では米国コロラド大学(JILA)のグループがボース・フェルミ混合気体を量子縮退「近く」まで冷却した後に、フェッシュバッハ共鳴と誘導ラマン断熱遷移(STIRAP)を用いて振動回転基底状態に移す事で極低温の極性分子の作成に成功している。しかし彼らの実験においては量子統計の異なる原子気体を用いているために、量子縮退領域では2つの原子気体の空間的重なりが悪くなり分子の生成効率が著しく下がってしまうという問題が報告されている。これに対し、本研究では2種類のボース気体から出発しているために原子気体を量子縮退の状態に準備してから分子作成に進んでも分子生成の効率が高いことが期待される。しかし現実にはその鍵を握るのはフェッシュバッハ共鳴における非弾性散乱係数の大きさであり、本実験で用いる41カリウムと87ルビジウムの組み合わせにおいてこの値が大きいと、実験のプランそのものを再考せざるをえなくなる。 昨年度は新しいイメージング法(シュテルン・ゲルラッハ撮影法)を導入し、生成された分子が少数でも精度良く検出する方法を確立した。しかし検出された分子数は千個程度と依然として少なく、原子との衝突により壊されるレートが大きいことが予想された。今年度は光格子の中で分子を生成することで、分子の長寿命化に取り組んだ。原子との衝突が完全に無視できるようにするには、光格子に使うレーザー光のスポットサイズを小さくしてポテンシャルの山を十分に高くする必要がある。しかし集光しすぎるとビームの強度の空間的不均一性が大きくなり、モット絶縁体において2個以上同種粒子が入っているサイトの数が増えて分子の生成効率が下がってしまう。最適なビーム径を目指して実験が行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2原子種の混合気体を扱う実験は1原子種の実験には存在しない要因がいくつかある。中でも、本実験においては2種の原子の数の比を保つ事、及び2種の原子気体の空間的重なりを保つことの2つが重要である。事実、昨年度まで実際の実験のかなりの時間をこの2つの変数の制御のために使った。具体的にはMOTローディング時間の蛍光によるフィードバック、「魔法」波長による重力差のキャンセルなどである。原子数比に関しては、2原子種の同時ボース凝縮を何ショットも続けて実現することができるようになった。これは「ルビジウムのみ」と「カリウムのみ」が交互に出ていた数年前の状況を考えると大きな進展である。空間的重なりは本来イメージングで確認可能なはずであるが、奥行き方向のずれや、ルビジウム(780nm)とカリウム(767nm)でイメージングに使う波長が異なることから色収差の懸念がつきまとう。本研究では相互散乱長を小さくして2つのボース凝縮体が空間的に重なったと思われる状態を作り、次に相互散乱長を大きくすると2つの凝縮体がドメインを作り相分離し始めることから、始めに「重なっていた」ことを確認することができた。 ルビジウムとカリウムを完全に重ねることができたので、光格子にロードし、光格子中でフェッシュバッハ分子を作成する実験を行った。光格子は波長1umのファイバーレーザーの光を用い、ビーム径はモット絶縁体状態において、一つのサイトに2個同じ原子種の原子が入らない条件を保ちつつ、ポテンシャルの深さが最大になるように設計した。実験には熱分布した混合原子気体を用い、フェッシュバッハ共鳴をまたいで磁場を掃引することで分子生成を行った。シュテルンゲルラッハ撮影法で分子を分離し、分子の寿命を測定したところ、8msを得た。この寿命は相対的に軽いカリウム原子のホッピングによって分子の寿命が制限されていると考えると説明がつく。
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今後の研究の推進方策 |
得られた8msという分子の寿命は、次に行う誘導ラマン断熱遷移には十分な値である。しかし掃引した磁場が安定になるには微妙に不十分な時間である。従って、磁場を決定している大電流のフィードバック回路を改良する必要がある。また、今年度は分子の長寿命化を目的としていたため、熱分布気体で実験を行った。しかし、本研究の本来の目的は量子縮退にあるため、2原子種の混合した状態のボース凝縮体を光格子にロードし、同時モット絶縁体を実現する必要がある。このときに、(1)原子数を減らさないこと、(2)混合原子気体の温度を保つ事、の2つが非常に重要となる。特に、2つのボース凝縮体が混合する相互散乱長の領域で、3体の非弾性散乱係数が小さくなる磁場があると非常に有用である。最近の研究では同種粒子の系において、正の散乱長の領域で、エフィモフ状態と2体の束縛状態の干渉により、3体の非弾性散乱レートが小さくなる磁場があることが知られている。異種の原子の間のフェッシュバッハ共鳴においても同じような干渉が期待できるか調べてみる必要がある。また、光格子中で同時モット絶縁体を作ったときに加熱が起こりやすいという報告もある。実際、2原子種を光格子に閉じ込めてその温度を精密に制御できた例はまだない。加熱はそのまま分子生成の効率の低下につながるので極力排除する必要がある。光格子へのローディングプロセスを綿密に検討し、最適なプロセスを探す必要がある。
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