本研究課題では,よりクリーンな,そしてより独創的な有機分子変換手法の実現を目指し,光化学反応を基盤とする高反応性化学種の創製とその反応制御に基づく新しい分子変換反応の開発を目的に研究を展開した。具体的には,これまでほとんど有機合成に利用されたことのないアシルシラン類の光異性化によるカルベン生成に着目し,適切な分子設計の元でこれと各種の求電子剤・求核剤との反応を実現し,独創的な骨格形成手法の開発へと展開することを目的とした。 前年度までの結果を基盤として本年度更なる検討を行った結果、アシルシランの光異性化で生じるシロキシカルベン種と有機ホウ素化合物との反応において、ホウ素化合物としてジボロンを用いても効率良く分子間カップリング反応が進行し、一つの炭素原子上に二つのホウ素原子と一つの酸素原子が置換した特徴ある有機分子の合成が可能であることを明らかとした。この化合物は他の手法では合成困難なものであることから、今後この生成物の反応性に関する詳細な検討を実施することで独創的な分子変換の実現も可能と期待される。また、シロキシカルベン種とのカップリングパートナーとしてボリン酸を用いれば、連続的な炭素ー炭素結合形成が実現できることも明らかにすることができた。 さらにホウ素化合物に代え、求電子剤としてイソシアナートを用いると、シロキシカルベンとイソシアナート2分子との分子間カップリングー環化反応が効率良く進行し、生理活性物質にもよく見られるヒダントイン類が簡便に合成できることも見いだした。 これらの反応はいずれも、中性条件、室温で光を照射するだけで進行することから、大変クリーンな合成反応である。 以上の成果は、カルベン種を反応活性種とする合成化学に新たな展開を生み出すものであり、今後様々な分子変換手法の開発に展開可能な意義ある成果と言える。
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