研究課題/領域番号 |
23350067
|
研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
梶原 孝志 奈良女子大学, 自然科学系, 教授 (80272003)
|
研究分担者 |
片岡 悠美子 奈良女子大学, 自然科学系, 助教 (00532194)
|
研究期間 (年度) |
2011-04-01 – 2016-03-31
|
キーワード | 希土類 / 金属錯体 / 磁気特性 / 単分子磁石 |
研究概要 |
個々の分子が磁石として振舞う単分子磁石 (Single Molecule Magnet, SMM) を研究対象とし,その設計指針の探索と磁気異方性の評価法開拓を目指した研究を展開している.20年ほど前にMn12核クラスター錯体を対象として開始されたSMMの研究ではあるが,希土類金属イオンを含むf金属錯体へと研究の対象がシフトしてまもなく10年が経とうとしている.分子設計に基づく磁気異方性の制御・強化によりSMMを構築する手法がある程度定着してきているが,結晶場の構造と磁気異方性の相関が必ずしも認知されているとはいえず,合目的的な分子設計の指針を確立するためには合成研究と理論研究のさらなる進展が望まれているところである. 2012年度以降も希土類イオンを含むSMM研究は世界的に加速されており,アメリカ化学会誌J. Am. Chem. Soc.やドイツ化学会誌Angew. Chem. Int. Ed.あるいは王立化学会誌Dalton Trans.など重要性の高い論文誌に掲載される新規希土類SMMの件数は年間数十件に達している.研究の方向性として,① 磁気特性の向上,② 磁気構造の解明,③ これまでとは異なる金属を用いた新規SMMの開発 が模索されており,筆者らもこれらの方向性を踏まえながら研究を遂行した.筆者らはこれまでTb(III)やDy(III)など重希土類イオンに着目し,磁気異方性制御のための方法論の確立を目指し研究を遂行して来たが,2012年度は対象金属イオンを希土類イオン全体に拡大し,磁気異方性発現のメカニズム解明と合目的的な分子設計の指針確立を目指し研究を展開した.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の研究計画に掲げた細目のうち,1)希土類金属イオンの種類の拡張,2)発光特性などとの分子物性との複合物性化,3)分子磁性体としての特性の向上,の3点について24年度は大きな進展が見られた. 1)軽希土類イオンであるCe(III)と重希土類イオンであるTb(III)の電子構造の類似性に着目し,これらを含む同型の直線状Zn(II)-Ln(III)-Zn(II)三核錯体を2シリーズ合成し,それぞれについて結晶構造の比較と磁気特性の解明を行った.酢酸架橋を含むシリーズについては重希土類金属イオンTb,Dy,Ho,Er,Tm,Ybを含むすべての錯体を合成し,SMM挙動の発現と結晶構造との相関を系統的に検討した.この結果,軽希土類としては世界初のCe-SMMの合成に成功し,その成果を原著論文として報告した. 2)Zn(II)上の末端配位子として臭化物イオンを含む直線状Zn(II)-Tb(III)-Zn(II)三核錯体については,Tb(III)に特有な発光特性を用いた電子構造の詳細解明に成功した.この錯体は単分子磁石特性と強発光特性の双方を発現したが,発光スペクトルに見られた微細構造に着目することにより,単分子磁石特性の原因となる磁気異方性を直接的に定量化することに成功した. 3)バイアス磁場印加のもと,2~4Kにおいて数十分に及ぶ非常に遅い磁化緩和を示すDy(III)錯体の合成に成功した.250~1000 Oe程度の弱い直流磁場を印加した環境下では本錯体の磁化反転は極めて遅くなること,また大きな磁気ヒステリシスを示すことを見出した.このヒステリシスを利用して,バルク試料ではあるが磁気情報の書き込みと消去に成功した.
|
今後の研究の推進方策 |
本研究の開始時において希土類錯体を基盤とする単分子磁石の研究は主に重希土類金属イオンTb(III),Dy(III)の二種類に限定されていた.本研究の進展とほぼ並行して,他の重希土類金属イオン(Ho(III)やEr(III),Yb(III))を含む単分子磁石が相次いで報告され,重希土類金属イオンがほぼ網羅された状況に至っている.筆者も分子設計に基づいたEr(III)単分子磁石の合成によりこの分野の進展に寄与してきたが,新たな研究対象として軽希土類に焦点を絞り,f電子をたった1個しか持たないCe(III)イオンを用いた単分子磁石の合成に成功したのである.Ce(III)イオンにおける基底状態のスピン多重度は6で,Tb(III)の13,Dy(III)の16に比べて極めて小さく,Ce(III)の電子構造は極めて単純であるといえる.このため磁化が小さく磁気特性の顕著な構造は望めないが,一方,単分子磁石に見られるトンネル緩和などの量子効果を物性測定により定量的に議論するには好都合であるといえる.実際,Ce(III)イオンの磁気構造を分光学的な手法(EPR)により解明することに成功している.今後はCe(III)錯体をターゲットの一つとして,様々な物性測定(磁化率,中性子散乱,ミューオン分光など)に基づいて量子ダイナミクスの詳解を目指していく. 一方,多重度が最も大きな金属イオンの一つであるDy(III)錯体においては,数十分に及ぶ非常に遅い磁化緩和が観測されたわけであるが,この緩和過程についても今後は速度論的な手法によりメカニズムの解明を目指していく.このように遅い磁化緩和について適切な磁気測定の手段を構築するとともに,錯体そのものについても末端配位子の交換などにより様々なバリエーションを合成し,単分子磁石においてスピンが反転するメカニズムの解明を目指す.
|