研究課題/領域番号 |
23350067
|
研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
梶原 孝志 奈良女子大学, 自然科学系, 教授 (80272003)
|
研究分担者 |
片岡 悠美子 奈良女子大学, 自然科学系, 助教 (00532194)
|
研究期間 (年度) |
2011-04-01 – 2016-03-31
|
キーワード | 分子磁性 / 分子設計 / 希土類 / 錯体 |
研究概要 |
本課題研究においては希土類金属イオンを一原子だけ含む金属錯体を対象に、その磁気的特性、特に磁気異方性に由来する遅い磁化緩和と、その結果としての単分子磁石としての挙動を解明することを目的としている。研究開始時より様々な錯体の合成とその磁気特性の解明に成功してきたが、本年度は軽希土類イオンを中心元素として含む錯体を主な対象に研究を進めた。遅い磁化緩和の要因として、大きな全角運動量に基づく大きな磁化ベクトルが異方的な結晶場中で特定の方向を向うとする特性(磁気異方性)があげられる。全角運動量を構成する成分として軌道角運動量とスピン角運動量の二つが重要であるが、軽希土類においてはこれらの角運動量ベクトルは逆を向いて小さくなるのに対し、重希土類においては同じ方向を向いて大きくなる。つまり、重希土類においてはより大きな全角運動量、つまり磁化が得られるため、従来は重希土類を対象にした分子磁性の研究が行われてきた。結晶場の異方性を個々の希土類金属イオンに対して最適になるように設計することで単分子磁石の設計を行ってきたのであるが、昨年度よりこの手法を軽希土類に応用し、世界で初となるセリウム(III)の単分子磁石の合成に成功している。この手法を拡張し、本年度は、まだほとんど例のないセリウム(III)やネオジム(III)を中心金属とする単分子磁石をそれぞれ数例ずつ合成することに成功した。これらの錯体について構造解析と磁化特性の測定を行い、構造と磁気特性の相関を明らかにすることに成功した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
軽希土類金属イオンを含む単分子磁石の合成に関しては、研究開始時はほとんど想定していなかったものである。当時の常識として、全角運動量の小さい軽希土類において遅い磁化反転を実現するのは非常に不利であると考えられており、軽希土類において単分子磁石を合成するという試みが全く想定されていなかった。一方で、日常生活で使用されている磁石(単分子磁石に対し古典磁石と呼ぶ)は軽希土類を用いるのが一般的であり、最強の磁石と呼ばれるネオジム磁石(ネオジム、鉄、ホウ素の合金)や、それ以前に主流であったサマリウム磁石(サマリウムとコバルトの合金)はいずれも軽希土類であるネオジム、サマリウムにより合成されている。これらの軽希土類は埋蔵量も豊富で比較的安価であることが産業的に重要視されているのであるが、一方で、全角運動量が小さいために磁気構造が比較的単純であり、磁気特性のモデル化が容易であるという学術的な重要性も含んでいる。本課題研究によりセリウムやネオジムなどの安価な軽希土類により単分子磁石の合成に成功したことは元素戦略的な面から重要なだけではなく、磁化反ダイナミクスの詳細を実験的、あるいは理論的に考察するために最適なモデル錯体を与えるという点で重要性の高い成果が得られているといえる。
|
今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策として二つの方向性があげられる。一つは従来の重希土類金属イオンを用いた単分子磁石の特性向上である。軽希土類単分子磁石の研究と並行してジスプロシウム(III)やテルビウム(III)など重希土類金属イオンを含む単分子磁石の磁気特性の解明を行ってきた。特に特性の優れたジスプロシウム(III)錯体においては、磁化反転の時定数が1時間以上に及ぶものも得られており(従来は数秒程度のものが主流)、その磁化反転のメカニズムに興味がもたれる。重希土類は磁化ベクトルが長いために磁気特性に優れるが、一方で磁気構造が複雑なためにダイナミクスの詳細を観測するのが難しい。様々な条件下での磁化応答の温度依存性、磁場依存性、時間発展を測定し情報が蓄積されてきたので、これらを包括的に説明可能なモデルを提起し、非常に長い磁化過程の詳細の説明を試みたい。 もう一つの方向性として軽希土類を含む単分子磁石の研究があげられる。現在軽希土類で単分子磁石の合成に成功したのはセリウム(III)やネオジム(III)の二種類の元素に対してで、この間に挟まれたプラセオジム(III)では単分子磁石は得られていない。この原因として、全軌道角運動量を表す量子数が半整数の場合と整数の場合で磁気構造に違いがあるためではないかと考えている。そういった意味では、まだ単分子磁石合成の報告のないサマリウム(III)(全角運動量の量子数が半整数)において単分子磁石合成の可能性が残されている。本年度は新たな分子設計に基づくサマリウム(III)単分子磁石の合成を試みる予定である。
|