研究概要 |
H23年度は,燃料電池自動車用水素貯蔵容器のライナー材の候補とされている6061-T6,7075-T6アルミニウム合金および水素輸送配管材料であるSCM440鋼,およびと比較のための極低炭素鋼を対象として,引張き裂進展の際の水素放出を調査した。アルミニウム合金では,試験前に環境水素の導入を行うために,予め高湿度大気環境(RH90%)において塑性ひずみを与えた。鋼では電解水素チャージ法による水素導入を行った。引張試験は質量分析計つき超高真空材料試験装置に改良を加え実施した。本年度,引張き裂進展の際の組織変化と水素放出現象を同期させて観察させるために,試験機の超高真空チャンバーに高速度カメラ観察をする石英ガラス窓を設け,質量分析計の計測系とデジタルオシロスコープを介して接続を行った。水素脆化感受性の高い7075-T6合金の場合,水素を導入した材料では,試験片表面から粒界を伝播して水素が放出される挙動と粒内をき裂が伝播する際の水素放出挙動では明確に違いがあることが見出された。水素の導入で生じる粒界き裂の伝播速度は粒内き裂の伝播速度よりも遅いこと,水素が粒界から放出されている事実を実験的に初めて明らかにすることに成功した。また7075-T6合金は,6061-T6合金よりも引張き裂進展時の水素放出が顕著となることも明らかになった。SCM440鋼においても塑性変形の開始時に大きな水素放出が見られ,材料強度に依存した破断時の水素放出の変化も観察された。また水素マイクロプリント(HMT)法を適用した結果,いずれの合金ともひずみ速度によらず,表面に分布する晶出物や介在物と母相との界面部は水素の集積サイトとなっており,6061-T6合金においてはAlFeSi相,7075-T6合金においてはAl_7Cu_2Fe相の周辺,SCM440鋼においてはAl_2O_3相の周辺に集積していることが明らかになった。このことから材料内部での変形中の水素トラップ状態(晶出相,介在物)の違いが,合金間の水素脆化感受性の違いに強く影響しているものと結論づけられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題のメインターゲットである水素と損傷の同時可視化モニタリングについて,H23年度内にその観察ができる実験環境を整えており,すでに水素貯蔵構造材料のき裂生成や成長の観察を成功させている。したがって,当初H23年度に計画している内容をほぼ予定通り実行しているため,自己評価(2)おおむね順調に進展,とした。
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今後の研究の推進方策 |
H24年度以降では,環境から侵入した水素が応力の作用で変形の集中するき裂まわりに集積する挙動を,水素原子と銀イオンの化学反応を利用して可視化することが可能な,水素マイクロプリント法(HMT),で調査する。またH23年度に開発した損傷同期モニタリング型質量分析計付き超高真空材料試験機で得られているき裂進展時の水素放出の状況と対比させて,評価することとする。また水素マイクロプリント法による変形中の可視化観察においては,応力とひずみの変化に対応する挙動を知る必要があるが,現状ではその観察が行えていない。そこでH24年度では,応力を負荷させたままで,水素の放出の可視化を可能にするような特殊治具を独自に開発し,HMTでの反応を連続的に観察できるようにし,水素による損傷生成の状況をより明確にすることにする。
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