本研究は、ジルコニウム合金製の軽水炉燃料被覆管で懸念されている水素脆化に関する基礎研究である。水素の吸収が多いと脆化を引き起こすが、その量は、被覆管表面酸化膜中の水素の移動速度(拡散係数)が遅いと抑えられると考えられている。そこで、加速器分析法を用いて、従来方法では測定できないほど小さい拡散係数を定量し、水素脆化に照射損傷が及ぼす影響を評価することを目的とした。 ジルコニウム合金を高温高圧水蒸気中で酸化させた試料を用いて実験を行ったところ、表面に近い側での水素の拡散係数は、金属界面に近い奥の方での拡散係数よりも1桁程度大きいことが分かった。このことにより、バリア層とでも呼ぶべき、水素の移動が極めて遅い層が界面近くに存在することを初めて示した。界面に近い酸化膜は緻密な正方晶であり、表面付近では単斜晶であることは以前から知られている。水素の拡散は緻密な正方晶の方が遅いと考えられるので、この結果は従来の知見と矛盾しない。 次に、中性子照射によるはじき出し原子を模擬するために自己イオン(酸化膜を構成するZrやO)を照射し、損傷を酸化膜中に生成させた試料を作成した。この試料では、バリア層が厚くなり、その分だけ拡散係数が大きい領域が薄くなっていることが実験によって明らかになった。ラマン分光やエックス線回折などの分析の結果は、酸化膜中の正方晶の量が照射によって増加することを示していた。 照射条件を変えて実験を行ったところ、バリア層の厚みは、入射粒子の種類によらず、弾き出し損傷量で整理できること、損傷量が 1 dpa 程度に達すると急激に増加することが分かった。この損傷量では、照射欠陥が集合して転位ループが生成、成長することが知られている。バリア層が厚くなった原因は、このような欠陥引き起こした構造の変化と考えられる。
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