研究課題/領域番号 |
23370032
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
久保 健雄 東京大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (10201469)
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研究期間 (年度) |
2011-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | ミツバチ / 社会性行動 / キノコ体 / カルシウム情報伝達系 / 熱殺蜂球 / ケニヨン細胞 / プロテオミクス / 外分泌腺 |
研究概要 |
本研究課題では、ミツバチ脳で領野選択的な遺伝子の解析を通じて社会性行動を産み出す脳の分子・神経的基盤を解明すると共に、行動に対応した生理状態を産み出す内分泌系を解明することで、ミツバチ社会の各個体の行動・生理状態の制御機構を理解することを目的としている。 平成24年度は最初の課題に関して、脳の高次中枢(キノコ体)を形成する「大型ケニヨン細胞」で小胞体のCa2+輸送・蓄積に関わるタンパク質の遺伝子が選択的に発現することを見いだした(Insect Mol Biolに発表)。私たちは既に大型ケニヨン細胞ではCa2+情報伝達系の遺伝子が選択的に発現することから「記憶・学習」の座である可能性を提示してきたが、本成果はその概念をさらに支持するのみならず、大型ケニヨン細胞では小胞体自体ではなく、そのカルシウム情報伝達系の機能が特異的に亢進していることを示唆した。さらに、天敵のオオスズメバチを取り囲んで熱で蒸し殺す「熱殺蜂球」を形成するニホンミツバチの脳ではキノコ体の「クラスIIケニヨン細胞」が選択的に活動していることを見いだした。この神経活動はニホンミツバチを単に高温に曝すだけで誘導されたことから、蜂球内温度を一定に保つ「サーモスタット」の役割を担うことを示唆した。論文はPLoS ONEに掲載され国内外のメディアで報道される等、大きな反響を呼んだ。2つ目の課題に関しては、働き蜂頭部の3つの外分泌腺のショットガンプロテオミクスを実施し、若い育児蜂が分泌するローヤルゼリー(RJ)が下咽頭腺だけでなく、3つの外分泌腺に由来する「カクテル」であることを示した。さらにRJには後脳腺や胸部唾液腺に由来する細胞増殖因子が含まれ、これを摂取した他個体の生理状態に影響する可能性を示唆するとともに、老齢の採餌蜂の後脳腺が脂質性フェロモンの合成器官であることを示唆した(J Proteome Resに発表)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
概ね所期の目標に沿った、堅実で国際的にも独創性の高い研究成果が得られたと判断している。 私たちはこれまでミツバチの脳ではケニヨン細胞の各サブタイプが固有の遺伝子発現プロフィルをもつことを世界に先駆けて示してきた。最初の課題について、Insect Mol Biolの論文では小胞体のCa2+輸送・蓄積に関わる遺伝子が大型ケニヨン細胞選択的に発現することを示し、この細胞が「記憶の座」であるとの仮説をさらに支持した。特に、小胞体全体ではなくその「Ca2+輸送・蓄積」機能が選択的に亢進している点で、細胞生物学的観点からも興味深い。オオスズメバチに対して熱殺蜂球を形成するニホンミツバチの脳では、クラスIIケニヨン細胞が選択的に活動していることを示し、PLoS ONEに発表した。この小課題は当初予定しておらず、研究の進展に伴って遂行したが、熱殺蜂球形成に関連する脳領野を新しくマッピングすることができた。体温を上げて敵を攻撃する動物は他に知られておらず、ニホンミツバチ固有な行動様式と考えられている。今後、この行動様式を産み出す脳の仕組みを調べることで、行動進化の基盤となる脳機能進化の理解につながると期待される。 2つ目の課題に関しては、働き蜂頭部・胸部の3つの外分泌腺の機能を新しく示すと共に、働き蜂の分業に伴う機能変化の可能性を提示し、行動ー生理状態の協調的変動の仕組みを調べる上で格好の研究対象を提供した。唾腺系の機能がその昆虫の生態と強く関連することは良く知られているが、ミツバチ唾腺系(後脳腺と胸部唾液腺)の機能はほとんど知られておらず、J Proteome Resの論文がこの分野の発展の契機となる可能性もある。 一方で働き蜂の分業や、エクダイソン・幼若ホルモン投与が脳神経回路のパターンや、外分泌腺機能に及ぼす影響についての解析は平成25年度に持ち越され、当該年度の実施項目となっている。
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今後の研究の推進方策 |
最初の課題に関しては、ミツバチ脳で領野選択的に発現するタンパク質(特に、大型ケニヨン細胞選択的に発現するCaMKIIや、中間型ケニヨン細胞選択的に発現するClone #3、視葉の腹側のゾーンに発現するMESK2)の抗体を作成し、蛍光抗体法により、各領野の連絡や分業・ホルモン投与による神経回路パターンの変動があるか調べる。 これまでの研究を通じて私たちは、ミツバチで脳領野選択的な遺伝子発現プロフィルを見いだし、ミツバチの脳にこれまで解剖学的には区別されてこなかった、遺伝子発現プロフィルに基づく新規な脳領野を同定してきた。現在は目標とする遺伝子がほぼ出揃った状況にある。また当該遺伝子は、これら新規なミツバチ脳領野の機能解析にも有用である。そこで、今年度はこれら遺伝子に対するRNAiを用いて遺伝子機能をノックダウンし、働き蜂の社会性行動に及ぼす影響を調べる。 2つ目の課題に関しては、若い育児蜂と老齢の採餌蜂の3つの外分泌腺について(従来通り)東京大学医科学研究所の尾山准教授、秦研究員との共同研究として、最も精度の高いショットガンプロテオミクスを実施する。得られたペプチドのカウント数(タンパク質の発現量とある程度相関する)に基づき、働き蜂の分業に伴うこれら外分泌腺の機能変化を調べる。代表的な幾つかの遺伝子について、ホルモン投与の影響を調べる。
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