本研究は、節足動物門・鋏角類オオヒメグモの頭部体節形成において観察されるヘッジホッグ発現波の移動と分裂に着目し、反応拡散理論の分子的実体の解明を目指している。ヘッジホッグは細胞外に拡散するシグナル分子であり、脊椎動物をはじめ様々な動物のパターン形成において重要な役割を果たすことが知られているが、このヘッジホッグのシグナル経路と他の分泌因子によるシグナル経路が拡散を介して互いに制御し合うことによってその発現波の動態が実現している可能性が考えられる。前年度までに、胚性RNA干渉法による表現型スクリーニングを行い、ヘッジホッグ遺伝子の発現に見られる縞パターンの移動と分裂に影響が表れる遺伝子を探索し、ウイングレスシグナル経路の構成因子であるアルマジロ遺伝子とアキシン遺伝子の機能抑制で、ヘッジホッグ発現波の縞パターンに両者で異なる影響が表れることが明らかになった。2013年度、その分子メカニズムの詳細な解析を進めたところ、アルマジロの遺伝子活性がないと、ヘッジホッグ発現波の動的性質が完全に失われることが示唆された。また以前の研究で、ヘッジホッグ発現波の維持にオルソデンティクルの活性が必要であることが示されていたが、アルマジロの活性がなければ、オルソデンティクルの活性がなくても、ヘッジホッグの発現が維持されることがわかった。このアルマジロの活性が抑制された状態は、分裂して生じる後方側(胸部側)のヘッジホッグ発現縞がオルソデンティクル陰性でも安定に維持されることを模擬した。さらに、イメージ解析技術を用いた定量的解析により、分裂に先立ちヘッジホッグの発現波の形状が非対称になることが明らかになった。これらの結果から、胸部側に由来するウイングレスシグナルを負に制御する活性が、ヘッジホッグ発現波の後方部の動的性質を抑制し、分裂を促進する可能性が示唆された。
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