本研究は、日本の沿岸域でエイ類が増加傾向にあり、その餌となる二枚貝の著しい減少が深刻化していることを背景に、エイ類増加の一つの根拠をその特異な繁殖戦略に求め、海洋温暖化がエイ類の再生産に与える影響と環境への適応戦略の解明を目指すものである。 有明海では、今年度も継続してエイ類の定期的な採集を行った。採集したエイ類について、通常の生物測定と解剖を行った後、子宮、子宮内受精卵または胎仔の計測を行うとともに、組織の一部または全部を固定した。受精卵については、固定後胚を切り出して再度固定した。その結果、アカエイ、シロエイ、ナルトビエイなど合計6種から受精卵または各発達ステージにおける胎仔の標本を得ることが出来た。これらの試料を用いて、電子顕微鏡などによる観察・計測等を行い、少なくとも4種が胚休眠をもつ可能性があることを明らかにした。加えて、これまでに得た生物解剖データや生殖腺の組織観察結果等に基づき、種ごとに受精・排卵・出産時期などの繁殖生態や年齢、食性、回遊等の生活史を明らかにした。繁殖生態、胚の休眠期間や発生時期等の成果については現在数篇の論文としてまとめ、投稿準備中である。上記の種について八重山周辺海域、東シナ海、南シナ海、タイ湾、アンダマン海沿岸での漁獲調査または市場調査を継続し、6種の中ではズグエイが最も典型的な南方系種であるとみなすことができた。温暖化がエイ類の再生産に与える影響の特定には至らなかったが、胚休眠というシステムは、もともと熱帯・亜熱帯海域に生息する種が温暖な海域において冬季の著しい水温の低下を克服し、繁殖成功を高めるための適応である可能性が示唆された。
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