Kit受容体変異がある精子形成不全マウスの精原幹細胞と比較して野生型精原幹細胞において高発現していた遺伝子はDMドメインを有する転写因子であった。このDM転写因子は、生体内では精原幹細胞の前駆細胞であるゴノサイトから発現が認められ、精原幹細胞に移行していく過程で高発現を維持しているが、分化に伴い急激に発現が低下することが明らかとなった。精巣において精原幹細胞はZbtb16、Nanos2、Pou5f1、Gfra1、Retを発現する細胞集団として同定されるが、DM転写因子も同じ細胞集団において強く発現していることが明らかとなった。DM転写因子の発現パターンが既知の精原幹細胞マーカーと同様であったため、次に精原幹細胞におけるDM転写因子の機能解析を行った。そのためにまず、精原幹細胞へ安定的に外来遺伝子導入し高発現させる実験系を確立した。次にその導入遺伝子発現系を用いてDM転写因子を恒常的に過剰発現する精原幹細胞株の樹立を試みた。しかし、DM転写因子を過剰発現する精原幹細胞は安定株樹立のための薬剤選択過程でほとんど死滅することが明らかとなった。精原幹細胞はもともとDM転写因子を発現していることから、DM転写因子の発現量の増減が精原幹細胞の生存を制御している可能性が示唆された。 DM転写因子の過剰発現が精原幹細胞にいかなる影響を及ぼすのかを調べるためにTet-Onテトラサイクリン誘導発現系を用いた精原幹細胞のコンディショナル発現系の構築を試みた。テトラサイクリン誘導発現系はES細胞や胎子線維芽細胞を含めてこれまで様々な細胞において機能することが明らかにされているが、精原幹細胞ではテトラサイクリン応答性転写因子のタンパク質レベルでの発現抑制がおこり、テトラサイクリン誘導系が機能しないことが明らかとなった。
|