研究課題
フォスファチジルイノシトール(4,5)二リン酸やジアシルグリセロールによるイオントランスポータ・チャネルの制御機構の解明は、生理学上重要なテーマであるが、全貌は明らかでない。本研究では、Na+/H+交換輸送体(NHE1)を題材にして、その活性調節に必須な脂質結合ドメイン(LID)の構造と機能を解明することを主眼としている。①NHE1がATPによって制御される機構。NHE1は二次性能動輸送体であり、ATP加水分解のエネルギーを必要としないが、不思議なことに細胞内ATPが無いと生理的なNHE1活性は失われる。このATP要求性はLIDが関与する可能性がある。前年の結果を踏まえ、24年度は、SF9細胞より精製したNHE1を用いてATP結合の詳細を検討した。1)NHE1はazido-[32P]ATPによって光架橋を受けること、2)光架橋はmMオーダーのヌクレオチド(ATP>GTP>CTP>ADP>TTP)で阻害されること、3)透析平衡によって、ATPはLIDに結合すること、4)ATP要求性はLIDの存在に依存することが判明した。すなわち、ATPはNHE1の直接的な活性化因子であることが示唆され、学術誌に発表した(FEBS Journal, 2013)。②LIDの結晶構造解明のための蛋白質精製。NHE1の膜直下領域のリコンビナント蛋白質の精製は、その不安定さ(分解と凝集)のためにこれまで困難を極めた。NHE1フラグメントとそのサブユニットCHP1をpDuet大腸菌発現ベクターに組み込み、共発現・共精製を行い、結晶化試料とした。ATPによる蛋白質安定化、二つのタグを用いた精製などの工夫を重ねて、現在では"良い”蛋白質が得られるようになっており、さらなる試みを行う。
2: おおむね順調に進展している
申請書に記載したいくつかの研究計画において、3年目以降につながる結果を得ている。特に、NHE1がATP結合蛋白質であるという新しい知見を得た。ATPはNHE1の直接的な制御因子であることが示唆され、論文発表した。また脂質結合ドメインに関わるNHE1の制御を阻害する化合物の探索では、スタウロスポリンに代表されるインドロカルバゾール骨格を有する化合物が直接NHE1と相互作用するのではないかという知見を得ており、最終年度はその研究完結をめざす。ATPや化合物のNHE1との相互作用は、結晶構造の安定性に寄与できることを示唆しており、本研究計画の最大の難関テーマである結晶構造の解明に向けて極めて重要なヒントになる。最終的には、これまで得られた知識に基づいて、様々なリガンド存在下での蛋白質精製、結晶化を試みるつもりである。
本研究は、脂質シグナルによる活性制御機構の解明に重点をおいている。計画段階では、1)NHE1へのATP結合の役割、2)NHE1活性化に特化した薬物の検索、3)機械的刺激によっておこる活性化のメカニズム、4)脂質結合ドメインの結晶構造決定、をメインに計画した。このうち、1)ATP結合に関しては、研究がスムーズに進み論文発表できた(FEBS Journal, 2013)。2)について、直接作用する薬物が見つかっており、25年度に論文発表できる予定である。3)に関しては仮説段階であり、次年度につながるような結果を得ることに注力したい。4)に関しては、すでに10年以上取り組んでいるテーマだけに大変困難であるが、これまでの2年間の研究で脂質結合ドメインと相互作用する因子の知識が増えており、蛋白質をより安定に保つヒントを得て、再度チャレンジするつもりである。
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