研究課題/領域番号 |
23390391
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研究機関 | 奈良県立医科大学 |
研究代表者 |
小林 浩 奈良県立医科大学, 医学部, 教授 (40178330)
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研究分担者 |
野口 武俊 奈良県立医科大学, 医学部, 助教 (10464661)
重富 洋志 奈良県立医科大学, 医学部, 助教 (20433336)
春田 祥治 奈良県立医科大学, 医学部, 助教 (30448766)
吉田 昭三 奈良県立医科大学, 医学部, 助教 (40347555)
吉澤 順子 奈良県立医科大学, 医学部, 助教 (80526723)
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研究期間 (年度) |
2011-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 子宮内膜症 / 卵巣がん / 細胞周期調節 |
研究概要 |
1.HNF-1betaの発現を修飾する薬剤によるがん細胞の機能を評価するため、HNF-1betaを直接抑制するあるいはその下流遺伝子発現を抑制する薬剤、試薬を培養細胞に添加しその増殖能、浸潤能、アノイキス抵抗性、抗がん剤耐性の変化を比較した。この薬剤が発見できればsiRNAを導入しなくても抗がん剤感受性促進に関する臨床的なアプローチが可能になる。。HNF-1betaのターゲット遺伝子であるChk1を同定したため、Chk1 inhibitorを投与実験を行うことができた。次に抗酸化薬やスカベンジャーを前投与することにより、「鉄」投与によるHNF-1 beta発現、遺伝子突然変異、細胞機能の抑制効果を in vitro で証明することができた。 2.発がん関連遺伝子(PPP2R1A、ARID1A、PIK3CA 、KRAS、MAPK、PTEN)発現を調節する因子の網羅的解析を行った。候補としてリン酸化ERKを抑制するMKP-3、PTEN活性を低下させるDJ-1などの調節因子が「鉄」の酸化ストレス下で受ける影響をどのような調べた。また、明細胞腺癌で高率に消失するestrogen receptorのメチル化調節機構を解明した。現在、エピジェネティクス機序を網羅的に解析している。 3.HNF-1beta調節因子としてのClaspinタンパクの同定とその作用を調べた。明細胞腺癌で過剰発現したHNF-1betaはChk1をリン酸化するがそれを分解する系が抑制されていると考えた。Chk1と結合するタンパクを探索した結果、Claspinが候補に挙がった。Claspinはリン酸化Chk1と結合したあとユビキチン系で分解されるが、HNF-1betaによるClaspin分解抑制のため、持続性にChk1がリン酸化され、細胞周期が停止した。これが遺伝子不安定性を起こして癌化する可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
子宮内膜症の嚢胞内に蓄積した「鉄」によるフェントン反応の結果、活性酸素種が産生され、持続的酸化ストレス状態が惹起されるという仮説を検証した。閉経期には多くの内膜症腺管上皮細胞はこの微小環境のもとで死滅するが転写因子HNF-1betaの過剰発現能を獲得した細胞のみが、より多くの解毒酵素を産生し、生存のシグナルを獲得するとともにグリコーゲンを蓄積し生存のためのエネルギーを獲得できることが分かった。この時HNF-1beta下流遺伝子として抗アポトーシス、解毒酵素産生シグナルが関与していた。さらに、過剰な酸化ストレスにより我々が想定している発がん遺伝子のグアニン塩基Gが8-oxoGに修飾され、チミン塩基Tと誤翻訳され突然変異を起こし、抗アポトーシスを介して生存を獲得する。これが子宮内膜症からの発がん機序であるとの仮説を証明することができた点が評価される。従来ARID1Aの遺伝子変異が高率に発生することが証明されているが、この遺伝子変異も酸化ストレスで生じていることを確認することができた。 最も重要な発見は、Chk1とClaspinである。明細胞腺癌の癌化に関与する因子としてChk1を発見した。鉄などによる酸化ストレスのためDNA障害を起こし、ATRが活性化し、その下流のChk1がリン酸化される。しかし、明細胞腺癌は持続的にリン酸化されるため細胞周期が停止し、この間に遺伝子不安定性が増強し癌化に結びつくことが考えられた。 さらに、Chk1結合タンパクとしてのClaspinの作用が明確になってきたことにより、発がん機序の解明が加速された。ClaspinはChk1活性を調節する作用があるが、このタンパクがHNF-1betaにより過剰産生される可能性が示唆された。今後Chk1リン酸化の持続とClaspinの過剰発現をつなぐ機構の解明が待たれる。
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今後の研究の推進方策 |
「鉄」により腎明細胞癌や腹膜中皮腫が作成できたという報告が複数あるため、卵巣がん発がんと同様な機序が考えられる。卵巣明細胞腺癌に特徴的なARID1A遺伝子変異は腎細胞がんではVHL遺伝子変異に相当し、両者ともターゲットタンパクは異なるが、クロマチン再構築に障害を及ぼすことが考えられる。これが遺伝子不安定性に密接に関与している。ARID1Aの遺伝子変異部位を調査した結果、鉄による酸化ストレスに影響を受けやすい部位と一致した。すなわち、毎月繰り返す月経中の鉄がフェントン反応を介して酸化ストレスを産生することが発がんに密接に関与している。したがって、遺伝子操作によらず「鉄」で卵巣明細胞腺癌を作成するという仮説を、今までの実験の結果をもとに組み立てることができる。この仮説が実証され、子宮内膜症から明細胞腺癌へのがん化機序が解明されれば、卵巣明細胞腺癌の病因・病態解明や治療に新たな展開をもたらすものと確信する。 さらに、ClaspinはChk1活性を調節する作用があるが、このタンパクがHNF-1betaにより過剰産生される可能性が示唆された。今後Chk1リン酸化の持続とClaspinの過剰発現をつなぐ機構の解明が待たれる。そのためには、HNF-1beta過剰発現細胞とノックダウン細胞を作成し、Claspin発現への影響と、Chk1リン酸化に及ぼす影響を確認する必要がある。次に、Claspinを過剰発現したりノックダウンした細胞を作成し、直接Chk1のリン酸化に対する影響を調べることが必要である。HNF-1beta-Claspin-Chk1リン酸化の制御機構を解明することは明細胞腺癌の癌化機序解明につながる。
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