本研究は,ユーラシアのシルクロードネットワークの中枢地帯と考える中央アジアに焦点をあてて,そのネットワーク構造を解明する事を目的とした。 その中でもザラフシャン川中流域(ウズベキスタン・サマルカンド州)が,シルクロード交易で活躍したソグド商人の本貫地であり,シルクロード都市遺跡の集中地帯であるため,集中的な調査を実施してきた。その結果,この地域の東部のサマルカンド・アフラシアブ城と,西部のダブシア城がアケメネス朝ペルシア期から(紀元前7世紀頃から)近代に至るまで,東西の2大中心地として面的な十字路地帯を形成してきたことが明らかになった。 この調査の中で,南のカフィル・カラ城がもう一つの中心地である可能性が浮かびあがり,最終年度はこの都市遺跡の調査を重点的に実施した。その結果,カフィル・カラ城はイスラム勢力の侵攻期(西暦7世紀末~8世紀初め)に徹底的に破壊されて以後は小規模になったが,それ以前は上記二つの遺跡に匹敵する存在であったと推定できるようになった。また文書を封印する粘土帯に印章を押印した資料(封泥)が多数出土するなど,上記二つの中心遺跡と違う性格(おそらく在来宗教の中心)をもっていたと推定できるようになった。 本年度の調査の結果,当該地域においてゾロアスター教期には三つの中心,イスラム教期には二つの中心がハブ地帯のネットワークを形成していたと考えられるようになった。その結果,当該地域の交易ネットワークは,中国・長安城や日本・平城京におけるような首都が中心でありまたしばしば遷都したあり方とは,大きく違う構造をもっていたことを明らかにする事ができたと,評価している。
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