研究課題/領域番号 |
23401049
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研究機関 | 安田女子大学 |
研究代表者 |
西原 明史 安田女子大学, 現代ビジネス学部, 准教授 (60274411)
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研究分担者 |
金 俊華 近畿大学九州短期大学, 保育科, 教授 (30284459)
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研究期間 (年度) |
2011-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | ウイグル族 / イスラーム / フィールドワーク / 国際情報交換 / 新疆ウイグル自治区 / バイリンガル教育 / 中国 / アイデンティティ形成 |
研究実績の概要 |
昨年度は、新疆の政治情勢の一層の緊迫化で現地調査の実施が困難だったため、新疆東部の哈密地区におけるこれまでの調査で収集してきた口頭・文献資料の整理・翻訳・分析に集中した。以下にその成果を紹介する。 新疆では、ウイグル族による「テロ事件」が昨年度も頻発した。それを報じる日本のメディアは、あくまでテロ行為を否定しつつも、「ウイグル族に対する政府当局の搾取や弾圧がそのような事件を生む」と指摘し、ウイグル族が政治的・文化的・経済的に劣悪な状況に置かれていると示唆する。そのような状況下で生じた憎悪や絶望が彼らを「テロ」に走らせるという解釈だ。 しかし研究代表者が長年にわたって調査してきた新疆東部の哈密地区ではそういった「被害者」感情が比較的希薄で、むしろ自己肯定感や承認感が強い。哈密独特のこうした自我のあり方について、肯定的な自己意識の形成過程を図式化した精神分析家のラカンの理論を応用し、さらにそこに「弱者の哲学」を標榜するレヴィナスの思想を接合して詳細な分析を加えた。 ラカンとレヴィナスの論考を総合すると次のようになる。「弱者」が「強者」への情愛をまず最初に示し、次にその後者が前者に情愛を返す。この「情愛の交換」によって両者に信頼関係が生まれたとき、弱者は強者が求める自己像を「積極的に」受容できる。こうして「肯定的な自我」が生まれるというわけだ。 この図式を哈密のウイグル族に当てはめてみた。彼らは一定の経済力や地位を持つ都市の知識人と農村の労働者に分けられるが、「強者と弱者」の役割を交互に演じ合い、お互いに深く尊重し合っていることが、現地での詳細な調査を通してわかっている。つまり哈密のウイグル族は、民族内部で「肯定的な自我」を構築する条件を整備していた。これが恐らく哈密ウイグル族独自の「自己成型」パターンである。この仮説の提案が昨年度の最大の実績である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本科研での研究方法である「現地調査」については、新疆の政治情勢の悪化のため昨年度も入国が叶わず実施することができなかった。このことは大変遺憾であるが、調査資料自体は、科研の1、2年目に十分すぎるほど収集していた。また新疆での20年に及ぶ現地調査で得た数多くの口頭・文献資料が手元にあり、それらも併せて整理・翻訳・分析に時間を取って、研究を進めることができた。これが、「おおむね順調である」ことの理由である。 現時点で達成した内容は以下の通りである。本科研のテーマは「少数民族と共生する中国の新しい政体の構想」であり、具体的には新疆におけるウイグル族と漢民族の「共生メカニズム」を構築することを目指してきた。そのために、新疆東部にあり民族関係が比較的落ち着いている哈密地区を事例として取り上げ、そうした民族関係の背景を考察したところ、次のような仮説を提案することができた。 中国政府当局やウイグル族独立派が発表する極端に対立的な声明とは別に、日常生活が営まれる地域社会においては、漢族市民とウイグル族市民が互いに譲歩と妥協を行っている。そのため両者の間にはある程度の「信頼関係」が存在し、それを背景にそれぞれ相手側が期待する公民像を演じ合っており、それが哈密地区の安定をもたらしている。 また哈密ウイグル族の主流を占めるのは、学歴も経済力もある都市エリートと比較的豊かで勤勉な近郊農民だが、彼らの間でも強固な敬意や絆があり、それが互いに自己肯定感や承認意識を供給し合う結果を生み出している。これが哈密のウイグル族に一般的に見受けられる自信や誇りの源泉となっているのではないか。 以上のように、哈密のウイグル族は民族間・民族内で築いた信頼関係を基に「主体的に引き受けられる」自己像を獲得している。哈密全体に及ぶという意味で「民族的な」自己成型パターンを発見したことが、本科研が順調であることの証左である。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は本科研の最終年度あたる。従って、初年度から2年間にわたる計4度の現地調査で得た数々の口頭・文献資料やその後に収集した文献資料などを整理・翻訳すると共に、ここまで進めてきた考察結果を踏まえて論考を深め、最終報告書を完成させることが目標となる。 研究代表者が哈密ウイグル族の宗教や文化を、研究分担者が学校や家庭での教育を主に担当し、手分けしながらウイグル族の民族意識の確立過程やその変化について調査研究を進めてきた。またお互いに文献資料の読み込みや口頭資料の解析を進めてきたが、今年度は最終報告書の作成のために頻繁にミーティングの機会を持ち、両者の研究成果を有機的に結合させていく。そして、哈密ウイグル族の民族的アイデンティティについて、またそれを取り巻く新疆の様々な情勢について全体的な把握を目指す。そして、それらを総合的に紹介する報告書の作成へと結実させてゆきたい。 なお、今回の科研での調査も含め、これまで長年にわたって研究代表者に支援を行ってくれた「哈密地区費物質文化遺産保護研究センター」の研究者とは直接会って意見交換する機会を持つ予定はないものの、メールや手紙などで折に触れてアドバイスをもらうことになる。 こうした方法をとることによって研究代表者らが新疆ウイグル自治区で行ってきた調査結果や考察内容を整理し、新疆における民族共生のメカニズムを定式化することを目的とした最終報告書を作成していく。
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