研究代表者・寺田吉孝は、昨年度同様カナダ、トロント市で調査を行なった。同市で最も活発に南インド音楽・舞踊を実践するタミル人は、出身国によりインド系とスリランカ系に大別され、それぞれが個別のコミュニティを形成している。今年度の調査では、スリランカ系タミル人の積極的な関与の背景と音楽・舞踊に及ぼす芸態的、社会的影響について、主に舞踊公演への参与観察と関係者への聞き取り調査から検討し、カナダでの永住を決意したスリランカ系難民が、ホスト社会における永続的な自文化継承の核として南インド音楽・舞踊を位置づけていることを明らかにした。 研究分担者・田森雅一は、昨年度に引き続き北インド・ラジャスタン州ジャイプルで現地調査を実施した。フランスとインドを往来する音楽家の活動に焦点をあて、世界的な均質化と地域的な多様化が同時に進行する世界でのインド音楽の再生産をめぐる問題についてローカルでミクロな視点から検討した。その結果、1980 年代前半にラジャスタン地方からフランスの地方都市に渡った、当時無名のムスリム世襲音楽家の音楽活動と、カーストを超えたネットワーク形成が、その後の同州の音楽世界に大きなインパクトを与えた点を明らかにした。 研究協力者・竹村嘉晃は、昨年度に引き続きシンガポールにおいて現地調査を行い、20世紀の同国におけるインド芸能の伝播と培養、変容と発展について資料を収集した。文献資料と舞踊家のライフヒストリーの聞き取りから、シンガポール発のインド音楽・舞踊・演劇が国内外で積極的に公演されており、インドとの交流が実演家レベルで盛んに進められている実態を明らかにした。 なお、班員3名が東洋音楽学会第64回大会において分科会を組織し、研究成果の一部を公開するとともに、上記の3つの事例研究の比較検討をおこない、インド音楽・舞踊のグローバル化の重層的な構造について理解を深めることができた。
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