片麻痺患者における動作の不自由さを理解することの支援を目指し,健常者を対象にした片麻痺歩行の擬似体験方法に関する研究に取り組んだ.特に歩行に焦点をあて,多くの患者が体験している,下肢を動かそうとしても動かない,あるいは勝手に動いてしまうなどの,感じている・イメージしている下肢の動きと,実際の物理的な下肢の動きとの間に齟齬が生じてしまう体験に着目した.そして,このようなずれを体験させるため,運動錯覚と反射運動を生じさせる方法を考案した.これを非侵襲かつ安全に実現することを踏まえ,腱への振動刺激(振動数20-100Hz)により運動錯覚と反射運動を生じさせることにした.主に膝関節と足首関節を対象として,振動数の調整が可能な振動刺激を与え,さらには関節の動きや着地タイミングの計測が可能な身体装着型のツールを開発した.これにより,体験者の体格に応じた装着や刺激の調整を可能とし,歩行中においても適切に振動刺激を与えることを実現した.また,錯覚の強度を調整するために,膝関節と足首関節の動作へ負荷を与える機構も組み込んだ.そして,各関節の回転角度,足底の荷重変化のデータに基づいた刺激の制御も可能とした.続いて,膝・足首関節部への振動刺激による歩行への影響を調査する被験者実験を行い,下肢位置の知覚においては,足先の高さの知覚が有意にずれることが示され,歩行動作においては,4割程度の体験者において,膝関節では有意に伸展傾向が生じることが示された.これらの効果を踏まえ,理学療法等の医療教育現場などでの利用を想定し,理学療法士,大学教員,学生ら計40名程度を対象に,装置体験を3回開催した.その結果,足を思うように出せないことや体重をかけられないことが片麻痺歩行と類似していることや,できないことを患者に強いていたことが分かったなどの報告があげられ,開発したツールによる擬似体験の有効性が示唆された.
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