当該年度は本研究の最終年度であって、研究計画の実現を念頭に、前年度までの成果をもとにして前方後円墳からみた邪馬台国の新しい形象を抽出すべく、新たな知見の探究、および獲得した知見全体の系統的な整理作業に注力した。その主軸となった方法は、前年度に着想し、一定の試験的シミュレーションを実施しながら到達した数理的分析にもとづく歴史理解の方法である。すなわち、歴史は普遍的な「法則」によって地域を超えて進行するものではなく、偶然生ずる変動の集積の結果として現れるものであって、地球上の各地域においてそれぞれ独立に、異なったパターンで進行するという理解にもとづく。これは、前年度にとりあげたM. Buchananのべき乗則の考え方を踏襲するものである。ただし、本研究では、こうした地域ごとに異なる歴史の進行においても一定の共通した進化の方向性が存在することを想定する。結論として、この方向性は、いわゆる「法則」(歴史の発展段階のような)というべきものではなく、知識の獲得と蓄積という人類固有の根源的な能力から必然的に生成されるものとみなしていく。 本研究に関係する日本古代は、弥生時代から古墳時代にかけての数百年の期間であるが、この間の日本列島における歴史の一断面を記述したものが魏志倭人伝であって、そこに邪馬台国の物語が詳述されている。前年度と本年度の数理的研究によって、魏志倭人伝の時代における各勢力の分布状況(人口分布)が、古墳時代創成期に出現している「中央」への集中化状況と一致しないことが明らかとなった。あくまで間接的な傍証の域を出ないが、いわゆる邪馬台国畿内説の不成立を暗示させる結果が導かれた。すなわち、魏志倭人伝の時代とは、べき乗則が成立する集中化状況へ向かう中間過程(無秩序→完全秩序)にあって、いまだに一定の無秩序性が残存している状態をしめす特性値が得られている。
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