近年の心理物理学では,逆相関法,あるいはCI法と呼ばれる実験手法が注目を集めている.これは,実験で用いた刺激と被験者応答の統計量から,被験者の判断基準を刺激空間上で推定する手法であり,脳の認知メカニズムの解明に新たな知見を与えると期待されている.しかし,この手法は,実験で用いる刺激に強い制約を課すため,その利用は比較的初期の認知機能の実験にとどまっている.本研究課題は,従来の逆相関法を拡張し,高次認知課題にも適用できる新たな方法を確立するとともに,実際に視覚心理実験に適用してその有効性を検証することを目的とした. 研究初年度となる平成23年度は,新たな分析方法を確立するための数理的研究を行った.具体的には,入出力の統計量(呈示刺激と被験者応答のモーメント)と被験者の判断境界(カーネル)の不変的関係を解析し,カーネル推定のためのアルゴリズムを導出した.提案手法の特徴は,刺激の選び方による推定バイアスが生じない点にある.これにより,自然画像など任意の刺激セットを用いた高次認知課題への適用も可能になった.続く平成24年度は,前年度に提案したバイアスフリーな分析手法の有用性を確認するため,運動視実験を実施した.提案手法を用いて実データからカーネル推定を行った.しかし,この提案手法は,数万試行という莫大なデータを必要とする.そこで,少数試行でカーネル分析を行うための適応法についても,理論的な検討を行った. 研究最終年度となる平成25年度は,実データから推定したカーネルの妥当性を検証する追加実験を行った.また,適応的手法を用いた実験データ収集も行い,同じカーネルがより少ない試行数で得られることを確認した.本研究課題で提案した分析手法は,心理物理学分野における新たな知見の創出に貢献し,ヒトの脳機能の理解に寄与するものと期待できる.
|