柔軟で効率的な意思決定には動機付けや注意機構が重要である。動機づけに関わる神経機構として基底核や皮質に投射する中脳ドーパミン系が、注意機構による情報の取捨選択には前脳基底部から皮質へのアセチルコリン系投射が重要と考えられている。しかし、臨床的にこれらの物質の薬理作用を認知機能障害の治療のために検討した研究は少ない。 本研究は神経伝達物質が意思決定に与える影響を健常人および脳損傷患者を用いて調べることを目的とする。具体的にはドパミン、アセチルコリンを修飾する薬剤であるl-dopa、donepezilを投与したときの視覚刺激弁別能力を定量的に評価し、神経伝達物質の行動への影響を調べた。 被験者はモニター上に提示された画像をみてボタン押し反応で意思決定を報告する。左右の空間性注意を操作した時に画面の左右に提示された視覚刺激を弁別する成績を評価した。 神経精神疾患の既往のない右利き健常被験者ではl-dopa、donepezil共に弁別成績が向上する効果がみられた。一方、右大脳半球損傷例では、右側と比較して左側呈示の視覚刺激の弁別成績が有意に低かった。これに対してl-dopa、donepezil共にこの半側空間無視を改善する効果がみられた。視覚情報処理にドパミン系、アセチルコリン系の両者が関わっていることを示唆するとともに、これらの薬剤について認知機能障害の治療薬としての有用性が示唆される。今後さらに大規模な臨床試験の検討を要する。
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