研究課題/領域番号 |
23500422
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研究機関 | (財)東京都医学総合研究所 |
研究代表者 |
川野 仁 (財)東京都医学総合研究所, 脳発達・神経再生研究分野, 副参事研究員 (20161341)
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研究分担者 |
黒田 純子 (木村 純子) (財)東京都医学総合研究所, 脳発達・神経再生研究分野, 研究員 (20142151)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | TGF-β / 損傷 / 神経再生 / 線維性瘢痕 / グリア瘢痕 |
研究概要 |
まず、脳損傷部にtransforming growth factor-β1 (TGF-β1)の機能阻害剤であるLY-364947を連続投与すると、線維性瘢痕の形成が抑制され、損傷後に発現が増加するTGF-β1が線維性瘢痕の形成に重要であることを明らかにした(Yoshioka et al., 2011)。 また、損傷後の中枢神経系では種々のコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)が増加する。その一種であるNG2プロテオグリカンを発現するグリア前駆細胞がグリア瘢痕を形成する反応性アストロサイトに分化することを明らかにした(Yoshioka et al., 2012)。 一方、川野らは以前、マウス脳の損傷部にCSを分解する酵素であるコンドロイチナーゼABC(ChABC)を投与すると、損傷部に線維性瘢痕が形成されないことを報告した。さらに最近、線維性瘢痕の形成がCSの異性体であるデルマタン硫酸(DS)を分解するコンドロイチナーゼB(ChB)の投与によって抑制されることを見出した。CSを特異的に分解するコンドロイチナーゼAC(ChAC)では線維性瘢痕の形成は抑制されないが、損傷部を越えて伸長する再生線維は増加した。以上の結果から、DSは線維性瘢痕の形成に関与し、CSは再生軸索の伸長を抑制すると考えられた。 われわれは最近、髄膜線維芽細胞とアストロサイトの共培養系にTGF-β1を添加すると、線維性瘢痕に良く似た細胞構築、遺伝子発現、神経突起伸長抑制作用を示す細胞凝集塊が形成することを報告したが、このTGF-β1による細胞凝集作用は培養系にChABCやChBを添加すると抑制された。さらに細胞凝集塊にChABCあるいはChACを添加すると、その神経突起伸長抑制作用は消失した。この培養系の実験結果は損傷脳で示されたDSとCSの機能的意義を支持している(論文投稿中)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
平成23年度に計画していた「TGF-β阻害剤投与による脳損傷モデル動物における神経再生実験」については、TGF-βのI型受容体リン酸化酵素の阻害剤であるLY-364947を黒質線条体ドーパミン神経路を外科的に損傷したマウス脳内に投与したところ、線維性瘢痕の形成抑制と神経再生促進の効果があることを見出し、すでに論文としてJ. Neurosci. Res.に発表した(Yoshioka et al., 2011)。 損傷部で高発現するTGF-β1は瘢痕形成や組織修復に関与する。そこでグリア瘢痕を形成する反応性アストロサイトの起源をアストロサイト系譜のマーカーであるCamsap1を用いて明らかにした。この研究成果はすでに論文としてJ. Comp. Neurol.に受理されている(Yoshioka et al., 2012)。なお、この研究は交付申請書には記載していない。 また、同じく平成23年度に計画していた「線維性瘢痕の形成に対するコンドロイチン硫酸の役割」については、マウス損傷部にCSとDSを分解する酵素であるChABC、ChB、ChACをそれぞれ注入し、線維性瘢痕の形成と神経再生に対する効果を調べ、DSは線維性瘢痕の形成に関与し、CSは再生軸索の伸長を抑制することを見出した。さらに、髄膜の線維芽細胞と脳のアストロサイトの共細胞培養系にTGF-β1を添加すると、線維性瘢痕様の細胞凝集塊が形成される。この細胞培養形に、ChABC、ChB、ChACを添加し、CSとDSを分解し、細胞凝集塊の形成と神経突起伸長に及ぼす影響を調べた。これらの研究成果はすでに論文としてJ. Neurosci.に投稿中である(Li et al.)。 以上の研究成果は、交付申請書に記載した「研究の目的」をすでに達成した上に、さらに新たな知見を得ている。
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今後の研究の推進方策 |
今回の研究結果により、線維性瘢痕の形成にはTGF-β1が重要であり、その機能発現にはDSが必要なことが明らかになった。DSの発現はTGF-βにより促進されるので、DSはTGF-βの下流の分子として働く可能性がある。今後はCSをDSに転換する酵素であるDSエピメラーゼの強制発現や抑制などの遺伝子レベルの実験を行い、脳の発達と再生にDSとTGF-βがどのように関係しているかを調べる予定である。 また、今回の結果より、損傷部で発現が増加するCSが神経再生を阻害する重要な因子であることが示された。今後、CSの合成酵素であるGalNAcT1やGalNAc4S-6STのノックアウトマウスを詳細に解析し、CSの機能を明らかにする予定である さらに髄膜線維芽細胞と脳アストロサイトの共培養系の瘢痕形成モデルを用いて、TGF-βの作用機序を調べるとともに、脳損傷部で組織修復と瘢痕形成に関わる各種サイトカインの作用を調べることを計画している。とくにplatele-derived growth factor (PDGF)は、線維芽細胞の増殖、移動、細胞外マトリックス(ECM)の合成を促進する作用を持つことが知られており、皮膚の修復や肺や肝臓などの病的な線維化に関与することが知られている。今後、線維性瘢痕モデルである細胞凝集塊の形成についてPDGFの作用を調べる予定である。以上の実験により、損傷を受けた中枢神経系における瘢痕形成と神経再生阻害の機序を分子レベルで明らかにすることが期待される。
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次年度の研究費の使用計画 |
申請者は以前、脳損傷後に線維性瘢痕が形成されない生後7日までの新生仔では神経再生が起き、線維性瘢痕が形成される生後10日以降では、神経再生が起こらないことを報告している(Kawano et al., 2005)。そこで、次年度は、発生に伴う線維性瘢痕の形成の違いを明らかにすることを計画している。線維性瘢痕の形成が起こらない生後7日と起こる生後14日の新生仔の髄膜からそれぞれ線維芽細胞を採取・培養し、TGF-β1を添加して細胞凝集塊の形成を調べる。もし、新生仔期に採取した線維芽細胞が凝集塊を形成しない場合は、TGF-βの受容体や下流のシグナル伝達の違い、さらに他のサイトカイン関与について調べる実験を行う。 さらにラットの細胞培養系を用いて、CSをDSに転換する酵素であるDSエピメラーゼの強制発現や抑制などの遺伝子レベルの実験を行い、細胞凝集塊の形成に及ぼす影響について調べ、脳の発達と再生におけるDSとTGF-βの機能的意義を明らかにすることを計画している。 また、次年度はマウス損傷脳を用いて、線維性瘢痕の形成に対するPDGFの作用を調べる予定である。実験内容はPDGFの機能阻害剤を損傷部に投与して、線維性瘢痕の形成が抑制されるかを調べるとともに、PDGFやTGF-βに対する受容体の発現と局在を免疫組織化学とin situハイブリダイゼーション、それにPCRを用いて調べる予定である。 次年度の研究費は主としてこれらの実験に用いる動物、細胞培養用、標本作製用、免疫組織化学用、および遺伝子研究用の試薬・器具の購入に充てる。さらに、論文のカラー印刷代や成果発表のための学会参加費および旅費にも使用する。
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