研究課題
今年度は我々が損傷後の中枢神経系で主要な軸索再生阻害因子と考えている線維性瘢痕の形成機序について損傷実験系と培養系を用いて調べた。我々は最近、細胞培養系において線維芽細胞の凝集塊の形成に血小板由来成長因子(PDGF)が関与することを発見した。TGF-βが同様の作用を持つことはすでに我々が発表している(Kuroda et al., 2010)。そこで、培養系を用いて線維芽細胞の増殖、移動、凝集、細胞外マトリックス(ECM)の発現に対する両因子の作用を調べた。すると、PDGFは線維芽細胞の増殖と移動に、TGF-βは凝集とECMの発現を促進することが分かった。この結果、PDGFの作用は線維性瘢痕の形成の初期過程に、TGF-βは後期過程に関与すると推測された。次にマウス損傷脳において、PDGFの受容体の発現を調べた。マウスの前脳に微小ナイフを挿入して継時的に動物を還流固定し、脳の凍結切片を作成して、PDGF受容体抗体を用いて免疫染色により局在を調べた。正常脳では受容体の反応は小型の細胞に散在性に見られ、これまでの報告から、幼若なオリゴデンドロサイトであると考えられた。損傷5日後の髄膜から損傷部へと移動中の線維芽細胞に強い受容体陽性反応が見られた。2週間後にはこれらの細胞は損傷部に線維性瘢痕を形成し、線維性瘢痕にも強い受容体陽性反応が認められた。したがって、線維性瘢痕を形成する線維芽細胞がPDGF受容体を発現することが初めて明らかになった。
1: 当初の計画以上に進展している
当初の計画では、脳損傷の線維性瘢痕の形成に対するTGF-βの機能を明らかにする目的で本研究を開始したが、すでに当初の目的は達成し、論文として発表した(吉岡ら、2012;李ら、2013)。その後、TGF-βの他にPDGFが線維性瘢痕の形成に関与する可能性を新たに見出し、培養系と脳損傷モデルマウスを用いて現在さらに研究を発展させて行っている。
我々は最近、PDGFが線維性瘢痕の形成に重要である可能性を見出したが、それを証明するためには、脳損傷部にPDGFの機能阻害剤を投与し、実際に線維性瘢痕の形成が抑制される実験を行わなければならない。そのために予備実験として、マウスの脳を損傷し、直後にPDGFの阻害剤(10~100 nM)を損傷部に注入した。すると100 nMの阻害剤の注入により、線維性瘢痕の形成が完全に抑制された。培養系では、PDGFは線維芽細胞の増殖と移動を促進する効果を見出している。現在、脳損傷モデルマウスを用いて、PDGFの機能阻害により、髄膜線維芽細胞の増殖と移動に対する効果を詳細に調べる実験を行っている。
平成25年度は、PDGFが新たに損傷部における線維性瘢痕の形成に関係する可能性に関して研究を進めた。その内容は主に細胞培養系を用いた遺伝子・分子レベルの機能解析であった。しかし、PDGFの機能を解明するためには脳損傷モデルを用いたin vivoの研究が必要であり、脳損傷の一連の実験を平成26年に行い、次年度使用額はこのために使用する予定である。次年度使用額は、マウスを用いた脳損傷実験とその解析に使用する。実験は、遺伝子・たんぱく解析と、組織学的解析を行う。また、研究成果発表のための学会参加にも使用する予定である。
すべて 2013 その他
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (3件)
J. Neurotrauma
巻: 30 ページ: 413-425
10.1089/neu.2012.2513
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