研究実績の概要 |
中枢神経系では神経再生が起こりにくく、そのために脊髄損傷後の機能回復が困難である。これまで我々は損傷部に形成される線維性瘢痕が神経再生を阻害し、線維性瘢痕の形成には損傷後に増加するサイトカインである transforming growth factor-β1(TGF-β1)が重要な役割を果たすことを明らかにしてきた。一方、コンドロイチン硫酸もまた中枢神経系における再生阻害因子と一般に考えられているが、線維性瘢痕との関連については不明な点が多い。われわれは、マウスの脳損傷部に各種の糖鎖分解酵素を投与した結果、コンドロイチン硫酸が神経再生の阻害に働き、コンドロイチン硫酸の異性体であるデルマタン硫酸が線維性瘢痕の形成に関与することを見出した(Li et al., 2013)。損傷部におけるデルマタン硫酸の発現はTGF-β1により誘導されることから、線維性瘢痕の形成に対するTGF-β1の作用はデルマタン硫酸を介すると考えられた。 末梢組織における種々の組織の線維化においては、血小板由来成長因子(PDGF)が関与する。そこで培養系を用いて線維芽細胞の増殖、移動、凝集、細胞外マトリックス(ECM)の発現の各過程に対するPDGFとTGF-β1の作用を調べた。すると、PDGFは繊維芽細胞の増殖と移動に、TGF-β1は凝集とECMの発現を促進することが分かった。以上の結果はPDGFは瘢痕形成の初期の段階に、TGF-β1は後期の段階に関与することを示唆している。 今年度はPDGFの生理作用を明らかにする目的で、マウスの脳損傷部へPDGFの機能阻害剤を投与する実験をおこなった。100 nMの阻害剤の投与により、線維性瘢痕の形成は完全に抑制され、切断されたドーパミン線維の再生が見られた。PDGFもTGF-β1と同様に線維性瘢痕の形成に関与することが初めて示された。
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