研究課題/領域番号 |
23500437
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研究機関 | 群馬大学 |
研究代表者 |
大西 浩史 群馬大学, 生体調節研究所, 准教授 (70334125)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 神経科学 / シグナル伝達 / 脳・神経 |
研究概要 |
これまでの研究から、強制水泳(FS)ストレスを受けたマウスの脳において、Srcファミリーチロシンキナーゼ(SFK)の基質となる膜蛋白質SIRPαが迅速にチロシンリン酸化を受けること、さらに、このシグナルを欠損させたマウスでは、FS中のうつ様行動が増加することを見いだしていた。本年度は、SIRPα以外に、どのような分子の活性化状態が、FSを受けた脳で変化するのかについて、各シグナル分子の活性化を反映するリン酸化の状態を、ウェスタンブロットにより検討した。その結果、FSによりMEK, Akt, CREBなどのシグナル分子も活性化することが分かった。一方、CaMKIIの自己リン酸化は、強制水泳により強く抑制された。これらのシグナル変化は、脳のストレス応答メカニズムとして機能する可能性がある。一方、これらのシグナルについて、SIRPα KOマウスと野生型マウスの間で、FSストレスへの応答に明らかな違いは見いだせなかった。SIRPα の下流シグナル分子Shp2 については、成熟前脳特異的コンディショナルKO(cKO)マウスの解析を行い、Shp2 cKOマウスの脳では、basal, FS後の両方で、SIRPαのチロシンリン酸化が低下することを見い出し、脳においては、Shp2がSIRPαリン酸化に対してポジティブに作用することを明らかにした。一方、想定外の発見として、FSストレスによるSIRPαのチロシンリン酸化には、低温の水に浸されることで誘導される低体温が最も重要な要因となっており、さらに、培養神経細胞でも低温ストレスによりSIRPαのリン酸化が誘導されることを新たに見いだした。この予想外の発見により、SIRPαが、これまでに知られていない"低温応答性シグナル"として機能する可能性が示された。この内容については、国際誌に論文として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の計画の1つとして、チロシンリン酸化によるストレス応答制御について、そのシグナル伝達系の解析を予定していた。ストレスに応答する新規チロシンリン酸化蛋白質の同定には至らず、その点では計画の達成は十分ではなかったが、MEK, Akt, CREBなどのシグナル系が強制水泳ストレスによって活性化することや、CaMKIIが強く抑制されることを新たに見いだすことができたこと、さらに、これらのシグナル系について、SIRPα KOマウスでの異常については、ほぼ解析を完了できたことなどは、進展として評価できると考えている。またShp2のコンディショナルKOマウスにおいて、SFKの活性化状態の異常はまだ十分に解析できておらず、この点では研究計画が送れているといえるが、一方で、Shp2コンディショナルKOマウスの解析から、脳では、Shp2がSIRPαのチロシンリン酸化をポジティブに制御する新たなメカニズムとして機能することを見いだすことができたため、現時点では一定の進展が得られたと評価した。一方で、予想外の発見により、SIRPαは、低温ストレスそのものによりチロシンリン酸化を受けることが、in vivo, in vitroで明らかになった。低温ストレスは、広義の生体ストレスであり、本研究計画において解析を進める意義が十分にあると考え、計画の一部変更を行い、解析を優先させたため、当初予定の計画の修正、遅延が生じたが、その成果の一部を論文として発表することができたので、全体としては、おおむね順調であると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策として、新たに見いだした低温ストレス応答としてのSIRPαチロシンリン酸化について、重点的に解析を進めることを予定している。低温によるSIRPαのチロシンリン酸化反応の発見は、低温ストレスにより脳で活性化する特異的なシグナル伝達機構が存在し、その作用が行動の制御にまで係わることを示す。低温は脳虚血や出血による障害から脳を保護する効果があり、また、低温により記憶障害が引き起こされるなど、低温下では脳機能が大きく変化する。低温下では、酸素やエネルギー消費抑制など代謝の低下が起こると考えられるが、脳の低温応答反応の詳細は十分に明らかになっていない。低温で活性化する生体シグナル伝達系としてのSIRPαについて解析を進めることで、新規な神経細胞のストレス応答制御メカニズムを明らかとし、さらにこれを制御する方法を開発することで、神経保護や記憶制御を実現する新技術の創出が期待できると考えている。計画としては、まず、培養神経細胞を用いて、低温ストレスがSIRPαチロシンリン酸化を引き起こすメカニズムをin vitroで解析し、関連するシグナル分子や細胞への刺激の実態を明らかにすることで、SIRPαシグナルを介して制御される具体的な神経機能を解明することを目標とする。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成23年度は、予想外の展開から、SIRPαのチロシンリン酸化が、これまでに知られていない低温ストレスへの生体応答として機能する可能性を示す結果が得られた。これを論文として発表するために、当初の研究計画について修正を行い、さらに、次年度以降の新展開へ向けて、予備的な実験を中心とした研究を行った。そのため、当該年度の研究費の使用計画についても変更が必要となり、次年度以降に繰り越して使用する研究費が生じた。これらについては、次年度以降請求する研究費とあわせて、チロシンリン酸化よる低温ストレス応答シグナルをin vivo, in vitroで解析するための、消耗品や人件費として使用する計画としている。
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