研究課題/領域番号 |
23500472
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研究機関 | 独立行政法人理化学研究所 |
研究代表者 |
山口 和彦 独立行政法人理化学研究所, 運動学習制御研究チーム, 副チームリーダー (00191221)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | シナプス可塑性 |
研究概要 |
小脳は運動学習の中心であるが、運動学習の分子メカニズムは必ずしも充分理解されておらず、論争が生じている。この問題の解決の糸口を探るべく、23年度は小脳運動学習のメカニズムである神経細胞間のシナプス伝達の可塑性、特にシナプス伝達の長期抑制の分子メカニズムについて研究し、大きな進展が得られた。定説では、小脳の唯一の出力細胞であるプルキンエ細胞と、この細胞への入力である平行線維の間にあるシナプス伝達が、間違った運動に際して抑圧され、これを繰り返すことで正しい運動が学習されると考えられている。間違った運動に際し、強力な誤差信号の入力系である登上線維も平行線維と同時にシグナルをプルキンエ細胞に送り、細胞内カルシウムイオンを上昇させ、プルキンエ細胞シナプス膜に繋ぎとめられていたアンパ型グルタミン酸受容体をシナプス膜から解き放ち、その結果、アンパ受容体はエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれ、シナプス膜のアンパ受容体は減少し、長期可塑性LTDが生じるという仮説である。しかし、この脱安定化の生じない突然変異マウスでも運動学習が正常に獲得されることが本年度中に外国から発表された。 私はケージ化阻害剤の光分解によるアンケージング等の手法を用いて、アンパ受容体が細胞内とシナプス膜表面を往来(トラフィッキング)する速度を求めることに成功し、この結果を取り入れた数理的モデルから、従来とは異なる分子メカニズムがあることを予測した。そして培養プルキンエ細胞に赤色蛍光蛋白質でラベルしたアンパ受容体と緑色蛋白質をウイルスベクターを用いて同時に発現させることにより、学習刺激に伴い、アンパ受容体の細胞内の配置が変わることを見出した。これは数理モデルの予測とよく合う現象である。この新たに発見されたシナプス可塑性の分子メカニズムは論争解決の糸口を与えるものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ラット小脳スライスを用いて行った実験において、ケージ化阻害剤のアンケージングにより、アンパ受容体のエンドサイトーシス速度を物理化学的に正確に測定することが可能となった。このため、学習の前後でのエンドサイトーシス速度の測定も疑いなく比較することができた。数理モデルの構築が理論的な矛盾もなく、順調に進んだ。その結果、通常時のアンパ受容体のシナプス膜へのトラフィッキングを世界で始めて、速度定数を用いてモデル化することに成功した。従来の阻害剤による時間応答も、この新のエンドサイトーシス速度定数と、阻害剤拡散時間経過にデコンボリューションすることに成功した。脳内の学習の基礎にあるアンパ受容体のトラフィッキングが物理化学の方程式でとてもよく記述できることに改めて驚いている。モデルのアイデアが的を得ていたのが大きな理由であろう。
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今後の研究の推進方策 |
今回はシナプス可塑性のうちの、長期抑圧について、ほぼキネテイックスを解明できたと自負している。次年度はこれと相補的に働くと考えられているシナプス伝達長期増強について、実験データとモデルを突き合わせながら、その分子メカニズムを今回得られたアンパ受容体トラフィッキングのキネティックモデルのどのパラメタが変化しているのかを中心に探って行きたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
主に試薬購入、実験動物の購入に当てる。また、雑誌発表前の最新の情報を得るため、外国の研究者と討論するため、国際会議に出席する旅費に当てる。
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