研究課題/領域番号 |
23500472
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研究機関 | 独立行政法人理化学研究所 |
研究代表者 |
山口 和彦 独立行政法人理化学研究所, 運動学習制御研究チーム, 副チームリーダー (00191221)
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キーワード | AMPA受容体 / トラフィッキング / LTD / ケージ化ペプチド / 小脳 / プルキンエ細胞 / エンドサイトーシス / エキソサイトーシス |
研究概要 |
平成24年度は、AMPA型グルタミン酸受容体のエキソサイトーシスに対するケージ化阻害ペプチドを用いて、AMPA受容体のエンドサイトーシス反応速度が、シナプス可塑性の誘導、発現に伴い、どのように変化するのかについて調べた。ラット小脳スライスを用いて、プルキンエ細胞に1Hz, 300発の平行線維刺激と細胞体脱分極を同時に与えることにより、平行線維-プルキンエ細胞間のシナプス伝達の長期抑圧LTDを引き起こした。平行線維刺激に対する興奮性シナプス電流EPSCの振幅をもってシナプス膜におけるAMPA受容体の密度の指標とした。あらかじめ、ケージ化阻害ペプチドをホールセルパッチ電極より細胞内に投与し、LTD誘導後、紫外線照射によりアンケージすることにより瞬時に受容体エキソサイトーシスを阻害し、平衡していたエンドサイトーシスを単離し、AMPA受容体エンドサイトーシス反応速度をもとめた。その結果、予想に反し、AMPA受容体のエンドサイトーシス反応速度には、LTD誘導の有無によらず、有意差は見られなかった。 AMPA受容体のエキソサイトーシスの単離には膜透過型ダイナミン阻害剤を用いた。平常時、ダイナミン阻害剤によりシナプス膜におけるAMPA受容体の密度はベ-サルレベルの1.7倍に増加した。しかしLTD誘導後ではこのダイナミン阻害剤によって単離されたエキソサイトーシスによるAMPA受容体シナプス密度の増加は阻害された。この結果から、LTDの分子メカニズムとして、従来から知られていたAMPA受容体のシナプス膜からの脱安定化による内在化の他に、AMPA受容体トラフィッキングにおける内部プールの減少という新たなメカニズムが発見された。この発見は記憶学習の分子機構に新たな視点を提供すると同時に、今後、記憶学習障害の薬物治療開発に重要な貢献をすると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
記憶学習の基礎メカニズムの一つとして、シナプス後膜における受容体密度の増減調節が知られている。この増減は受容体エキソサイトーシスとエンドサイトーシスのバランスによって調節されていることが知られているが、定量的な検討、特に実測に基づくキネティックアナリシスによる検討はなされていなかった。平成23年度の研究で、ケージ化阻害ペプチドを用いて瞬時にAMPA受容体エキソサイトーシスを阻害し、受容体エンドサイトーシスの経過を単離測定知ることに成功し、平成24年度の研究において、この受容体エンドサイトーシスの反応速度が、シナプス伝達の長期抑圧LTDにともない、どのように変化するのか、ケージ化阻害ペプチドを初めて適用することにより調べた結果、予想に反してエンドサイトーシス反応速度に差は見られなかった。一方、膜透過型ダイナミン阻害剤の投与により受容体エンドサイトーシスを阻害し、受容体エキソサイトーシスを単離測定することにより、LTD誘導に伴い、AMPA受容体エキソサイトーシスが抑圧されていることを発見した。これらの成果により、当初予定していた研究目標は90%、達成されたと考えられる。残された問題は受容体エキソサイトーシスの時間経過の測定であるが、これにはアンケージングにより受容体エンドサイトーシスを瞬時に阻害するケージ化エキソサイトーシス阻害ペプチドが必要であり、いくつかのペプチドについてケージ化を試みたが、まだ開発に成功していない。しかし、受容体エキソサイトーシスが定常状態に達した段階でも差が生じているため、本質的な目標は達成されたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方向として、まず第一に、これまでの発見をもとに全体を統合したAMPA受容体トラフィッキングに関する数学モデルを構築し、記憶学習の基礎であるシナプス可塑性の全容を詳細に理解することである。第二にこのモデルをさまざまな実験により検証することである。モデルからの予言として、LTD誘導に伴い細胞内AMPA受容体プールが減少することが想定されるが、これはAMPA受容体の可視化によってイメージングにより証明できるのか、また一酸化窒素によって惹起されるLTPはエンドサイト-シスの阻害なのか、エキソサイトーシスの増強なのか、テタヌス毒素と一酸化窒素の時間差をつけた作用により、モデルでは全く異なる時間経過になるが、実験的にはどのようになるか検証できる。また、表面膜上の受容体の側方拡散の程度について、スパイン内の自由拡散があるが、スパインの根元に拡散障壁があると仮定した場合、ダイナミンぞ外剤投与によりスパイン側面全体での受容体密度の顕著な上昇が予言されるが、受容体のイメージングにより、モデルの妥当性が検証できる。それに加えて、さまざまなミュータント動物、たとえばAMPA受容体のC末を欠損しているためにシナプス膜に安定化できないミュータント、AMPA受容体C末のPKCサイトがないために、PKCを介したリン酸化による脱安定化が生じないミュータント、等に、ケージ化ペプチドを用いたキネティック解析を適用することで、モデルの妥当性を検証すると同時に、学習記憶障害の実態を解明し、薬物療法の可能性を模索する
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次年度の研究費の使用計画 |
H24年度は実験が順調に進み、試薬等少ない使用料で済み、1529円の次年度使用額が生じた。最終年度にあたる次年度では、記憶学習の基礎であるAMPA受容体トラフィッキングの数学モデルの妥当性を検証したい。AMPA受容体の細胞内プールの可視化とLTDに伴う移動のイメージングによる解析により、数学モデルによる予言の妥当性を明らかにしたい。これに伴い、分子生物学試薬、実験動物、培養用機器、抗体、その他の試薬が必要になる。また、もう一つの予言、一酸化窒素によるシナプス伝達長期増強LTPにおいて、破傷風毒素と一酸化窒素の時間差投与の結果により、エキソサイトーシス増強モデルか、エンドサイトーシス阻害モデル化、検証できるのでこの検証を行うために、これらの試薬、実験動物が必要になる。モデルによる3番目の予言、AMPA受容体の側方拡散によりダイナミン阻害剤投与により、スパイン側壁のAMPA受容体密度は3倍に増加する、を検証するためにダイナミン阻害剤を購入する。次年度使用額(1529円)も合わせて、上記の検証に必要な動物、試薬の購入に充てる。ミュ-タント動物を用いた実験に数学モデルをあてはめ、異常な分子反応過程を同定し、その箇所に特異的な薬物を作用させることで、学習記憶障害の薬物治療に対する展望を得ることをめざす。現在、AMPA受容体サブタイプのうちGluA2のC末端部の最後7つのアミノ酸を欠くミュータント、およびPKCによるリン酸化ができないミュータントのアメリカの大学よりの搬入を進めている。通常の試薬購入、実験動物購入に加え、ミュータント動物の搬入、飼育、ジェノタイピングに研究費を使用する。また、研究成果について、国際的な専門家との討論、国際学会での発表を行うため、海外出張の旅費を計上する。
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