脳の記憶・学習は、シナプス伝達効率の可塑的変化(シナプス可塑性)によって生じる。小脳は運動学習の中枢と考えられ、その基礎に小脳の平行線維-プルキンエ細胞間シナプスの伝達効率の長期抑制LTDがあると考えられてきた。即ち、誤った運動に関与した平行線維シナプスは登上線維活動により、減弱されるというものであり、LTDの分子機構としては、登上線維、平行線維の同時発火により、プルキンエ細胞内のCa2+濃度が大きく上昇し、C型蛋白質キナーゼPKCの活性化を介し、シナプスに存在するAMPA型グルタミン酸受容体のC末端をリン酸化し、足場蛋白質から遊離させ、脱安定化した受容体はエンドサイトーシスにより細胞内に内在化されシナプス膜表面から除去される、という仮説が提案されている。しかしこの仮説は定量的に検討されておらず、充分であるか不明であった。そこで、①テタヌス毒素などを用いシナプス膜におけるAMPA受容体の安定化プールサイズ、可動プールサイズを計測し、LTD前後での変化を検討した。②光分解により瞬時にエキソサイトーシスによる受容体挿入を阻害できるケージドペプチドを開発し、これを用いて受容体エンドサイトーシスの反応速度を測定し、LTD前後での変化を検討した。③ウイルスベクターを用いて赤色蛍光蛋白質mCherryのタグをつけたAMPA受容体を培養プルキンエ細胞(緑色蛍光蛋白質を発現)に発現させ、LTD前後のAMPA受容体の分布の変化、移動の様子を画像解析した。④以上の結果を統合したAMPA受容体トラフィッキングの数学モデルを構築した。この結果、小脳LTDの分子機構として、新たにAMPA受容体の細胞内プールが、LTDに伴い、樹状突起スパイン内から樹状突起シャフト部に移動し、受容体リサイクルに関与するAMPA受容体の総量が減少することがLTDの基礎機構に含まれていることを発見した。
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