研究課題
本研究では、卵巣内に存在する未成熟卵子を用いた高度な生殖工学技術の開発を進め、より効率的で実用的である産子作出方法を検討し、さらに動物種間にて卵母細胞内における卵成熟促進因子の活性化機序を探り、卵成熟と発生能を改善することで、実験動物のみならず野生のげっ歯類における生殖細胞や体細胞を対象とした遺伝資源の効率的な保存・増殖方法を検討した。申請者は先ず、近交系マウス由来卵巣内卵子を用いた効率的な受精方法の確立を検討し、体外成熟卵子のレーザー穿孔処理法および媒精時における精子濃度の調整により、体外受精率が向上することを確認した。次に、新たに開発を行う卵巣組織の回収方法を検討し、麻酔下による外科的処置等により動物個体を殺処分することなく一部の卵巣組織のみを低侵襲的に回収し体外成熟操作により効率的な個体の作出方法を開発した。一方、これら体外成熟操作に用いられる体外成熟培地の改良も試み、従来のTaM培地に血清を添加した修正TaM培地を開発し、近交系マウスへの体外成熟および体外受精成績の向上を認めたが初期胚の発生について低率であった。これらの改善のため、体外成熟培地へ卵子の細胞質内運搬経路として密接な関係を示す、L-カルニチンを添加した体外成熟培地を開発し、初期胚の発生向上を確認した。さらに、得られた体外成熟由来卵子からの初期胚作製後における個体作製に係る検討を行ない、凍結保存(ガラス化法)および冷蔵保存(4℃下保存)いずれの操作およびこれらの形態で輸送された胚からの個体作製に成功した。以上の検討結果から、体外成熟卵子の発生能をより現実的に向上させることが期待され、様々な動物種あるいは系統間の特性に応じた繁殖技術を提供し、さらに生殖補助医療分野における、先進的な生殖工学技術を提供できると考えられる。
1: 当初の計画以上に進展している
本申請で述べた研究計画は、マウス卵巣由来未成熟卵子を用いた高度生殖工学技術の開発およびその未成熟卵子の遺伝子発現研究そしてマウス組織由来体細胞株の樹立の3つの要素から構成されている。本研究の実施はいずれも動物実験を伴うが、動物福祉には最大限に配慮し実施されている。各検討課題には、卵巣内に存在する未成熟な卵子を用いた体外成熟方法および受精操作技術の確立を検討し、いずれの検討課題について、体外成熟培地の更なる改良を検討しレーザー穿孔装置による透明帯穿孔法を開発したことで、受精率が向上および初期胚の発生率の向上が明らかとなった。本結果は、日本実験動物技術者協会へ報告した。また、マウスを処分することなく卵巣組織のみを低侵襲的に回収し体外成熟操作により効率的な個体の作出方法を開発し、これらの成果は、日本実験動物学会へ報告するに至っている。体外成熟由来初期胚からの産子作出方法について、凍結保存(ガラス化法)および冷蔵保存(4℃下保存)いずれの操作およびこれらの形態で輸送された胚からの個体作製に成功した。これらの成果は、日本実験動物技術者協会へ報告された。一方、分子遺伝学的手法による卵巣内から回収される未成熟卵子の遺伝子発現がその後の成熟・受精・発生におよぼす影響を検討したところ、体外成熟培地中によるアルブミン添加がその後の胚発生へ与える影響を示すことが明らかとなった。これらの分子遺伝学的技術には単一卵子でのmRNAの可視化が有効であることを認めた。これらの成果は日本分子生物学会へ報告された。以上のことより、いずれも本研究の進展は極めて効率的に機能していると考える。
今後の研究課題として、現在まで実施した成果を基に、未成熟卵子を用いた体外成熟後の体外受精時おける様々な形態学的変化マウスの系統差における未成熟卵子からの遺伝子発現制御および時間・空間的転写因子の寄与機構、成熟時における発生制御機構、受精後以降での転写発現機構の制御等の解決を探求する。本計画では、体外成熟卵子を用いて卵細胞質内存在下における種々の発現機構を探求する手段として、免疫組織化学的に検出する非放射性標識プローブを用いたin situ hybridization技術にて、細胞質内におけるRNA存在下蓄積領域の解析を進める。次に、マウス系統差あるいは体外成熟培地における、未成熟卵子の形態学的特性、特に抗酸化作用における細胞質内の動態を観察する。これらのことは、卵子成熟過程における卵子内因子の解析を進め、体外成熟卵子の発生能をより現実的に向上させることが期待され、様々な動物種あるいは系統間の特性に応じた、遺伝子発現制御機構および繁殖技術を提供できると考えられる。また、このように生殖細胞だけを用いた人工繁殖にはすでに限界があり、個体の生殖能力や生殖細胞に依存しない体細胞クローン技術を実用化レベルに向上させることが出来れば、将来、生物多様性の保全に貢献することが期待される。そこで本計画では、実験用マウスを基盤に現有技術で行われている、比較的低侵襲的に回収が可能な組織(尾部・耳部・上皮細胞等)、から体細胞を取得し培養の後、細胞株の樹立を行う。さらに、動物園等から授受される小型げっ歯類にも本技術を応用することにより、天然記念物や展示動物等、容易に研究出来ない動物種からの体細胞樹立を可能にし、その遺伝情報の共有化や細胞バンクの設立等、希少動物の保全に関する研究が加速すると考えられる。
すべて研究計画に添って充当される。高度生殖工学技術の開発においては、胚・配偶子操作に係る細胞培養試薬および器具は研究期間を通じて必要とする。遺伝子発現研究においては、免疫組織学、in situ hybridization、抗酸化活性測定等、発現動態に伴う解析を検討するため、分子生物学研究試薬は研究期間を通じて必要とする。体細胞株の樹立に関しては、細胞培養に係る培養液やウシ胎仔血清等の細胞培養試薬を必要とする。また本申請期間を通じて、実験動物の飼養と管理は不可欠であり、清浄度の高い動物施設管理作業に掛かる飼料および床敷き等の実験動物飼育管理用品経費が必要となる。いずれも本研究の進展に極めて有効的に使用されるものと考える。
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近畿大学生物理工学部紀要
巻: 29 ページ: 33-42
Reprod. Fertil. Dev.
巻: 24 ページ: 202
巻: 28 ページ: 109-116