研究課題/領域番号 |
23501035
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研究機関 | 甲南大学 |
研究代表者 |
林 慶一 甲南大学, 理工学部, 教授 (10340902)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2016-03-31
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キーワード | 土石流 / 斜面崩壊 / 地滑り / 流水作用 / 河床堆積物 / 河川学習 / 篠山層群 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は,河川における流水の作用を流速測定に基づいて明らかにするとともに,中・上流部において土石流の果たす役割の大きさを評価することにあった。そのため,河川の流速分布とその変動を調査し,室内実験を行うとともに,河床堆積物に残された土石流の記録を読み取る計画で研究を始めた。 ところが,研究を始めてすぐの平成23年9月に台風12号が紀伊半島に日本の観測史上最大の連続雨量をもたらし,観測史上最大級の山地斜面崩壊と土石流を多数発生させ,大量の堆積物を河川上流部の河床に供給した。本研究の目的の一つである土石流の役割の評価において,多数の斜面崩壊と土砂移動を初期状態で観察・調査できるという研究史上例のない状況が偶然出現したため,当初の計画を変更して流速測定から土石流の調査により重点を置いて研究を進めた。 また,同じ紀伊半島では平成16年にも台風により大規模な斜面崩壊と土石流が発生しており,そのうちのいくつかでは発生後の10年間にわたる流水作用による堆積物の変化を,直接的に追跡できることがわかった。当初計画していた流速調査と室内実験はこのような直接調査が不可能なために採用した間接的な研究方法であったので,計画・方法を変更してこれらの場所で斜面崩壊と土石流の堆積物が,流水作用による選択的運搬を受けて生じた変化を調べた。また気象条件の異なる北海道と日本海側の河川の土石流堆積物についても調査を追加した。また,現在の日本にはない乾燥気候での河川堆積物についても,兵庫県に分布する中生代白亜系の篠山層群について調査した。 これらの結果,土石流の元となる初成砕屑物は気候と地質により多様性があること,粒度の異なる土石流堆積物は,まず細粒堆積物の選択的運搬により巨礫が残留して,その後に一部の巨礫が滑動・変位して,安定的な上流部の河床堆積物の景観を形成することが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本研究の開始と共に,偶然ではあるが観測史上初めてと言える多数の大規模な斜面崩壊・地滑り・土石流の同時発生が紀伊半島で起こり,地質による崩壊様式・砕屑物の流下を直接調査する機会が発生した。最初の計画では,このような野外環境が存在せず調査が不可能であることから,現在の河床堆積物に残された過去の土石流堆積物を研究対象としていた。流速測定は,それにより流水作用による砕屑物を判定し,河床堆積物からこれらを除外することで土石流堆積物を間接的に推定しようとするものであった。しかし,斜面崩壊・地滑り・土石流の初期状態とその後の流水作用による河床堆積物の変化を,直接追跡して河川の変化の実態を明らかにできつつあるという意味で,研究は予想以上に大きく進展したと言える。 しかし,この部分に研究の中心を移したことで,地質・気候の違いによる河川作用や土石流の作用の多様性の調査やモデル開発とそれを用いた教育実践は遅れている。また,上記の紀伊半島で発生した土石流は50箇所以上と数が非常に多く,未だ調査できていないところもあるで,今後も調査を継続する必要がある。このような現状から本研究自体を1年延長することを申請し,認められたという状況であり,研究全体としては遅れているということになる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの調査で紀伊半島での平成23年台風12号による斜面崩壊とそれに続く土石流によって河床に到達した堆積物の初期状態をほぼ知ることができたが,未調査地点について補充的調査を行う。また,三重県南部には平成16年の豪雨による斜面崩壊とそれに続く土石流の堆積物が流水作用によって経年変化する過程を追跡できる場所が存在するので,これを詳細に研究する。これに伴い,流水作用による堆積物の変化調査については,すでに行った寒冷気候で特徴付けられる北海道,融雪増水期で特徴付けられる日本海側に加えて,日本各地の地質・降雨条件の異なる地域を調査する。また,土石流概念を導入した河川学習の実践を行う。 具体的には,①紀伊半島での平成23年の大規模斜面崩壊で河川に流入した土砂のその後の選択的運搬と量的変化などの野外調査を行うとともに,三重県南部での平成16年の斜面崩壊時の堆積物の流水作用による経年変化を,最高精度の個別粒子単位での移動・変位レベルで追跡する。②本州太平洋側の新生代褶曲堆積岩類からなる多雨地域,瀬戸内区の中生代花崗岩類からなる少雨地域,関東地方の新生代後期の水平に近い堆積岩類の上を長距離にわたって流れる下流の長い河川が卓越する地域について,流速と河床堆積物・地形を調査する。③流速と運搬粒子の関係を検証する実験用人工水路を製作し,野外で測定された実流速で運搬される粒子の最大粒径を確認する実験を行う。④これらの成果に基づき,土石流概念を導入した,新しい河川観に基づく教育内容・方法を考案し,実践して評価・改善する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度の経費は,①紀伊半島での平成23年および平成16年の大規模斜面崩壊で河川に流入した土砂がその後の流水による選択的運搬によって河床でどのように分布を変化させていくか調査するための旅費,②日本各地の地質と降雨条件の異なる地方での河川の調査をするための旅費,③崩壊土砂の移動のモデル実験を行うための装置の購入費,④それを用いた教育実践を行うための経費として使用することとしていた。しかし,①の調査を実際に行なっていく過程で,土石流の多様性が明確になり,発生した土石流を網羅的に詳細な調査をしなければならないことが明らかとなった。この調査量の増加により,年度内に調査に出かけられない地域が出て,未使用額が出た。②については,①の調査に時間を要したため,未調査の地域が生じた。③及び④については,計画全体の遅れから相当部分を平成27年度に行うこととした。このため約126万円の次年度使用額が出た。
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次年度使用額の使用計画 |
上記の次年度使用額は,①紀伊半島での平成23年の大規模斜面崩壊で河川に流入した土砂がその後の流水による選択的運搬によって河床でどのように分布を変化させていくかを調査,また三重県南部での平成16年の大規模斜面崩壊時の堆積物の流水作用による経年変化を,最高精度の個別粒子単位での移動・変位を追跡調査するための旅費,また②日本各地の地質と降雨条件の異なる地方のうち,未調査地方の河川の流速・堆積物調査をするための旅費,さらに③崩壊土砂の移動のモデル実験を行うための装置の購入費,④それを用いた教育実践を行うための経緯費として使用する予定である。
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