平成23年度においては,16世紀数学論に関係する哲学者のうち,M. A. ツィマラとA. ピッコローミニの数学論の背景について,特にアヴェロエスの影響に注目しつつ調査した.当時のアリストテレス主義者達がいかに古代中世の哲学的伝統を継続発展させようとしていたかを,とくに数学的論証や数学的対象の性質をめぐる議論について,より明らかにできた. 平成24年度においては,当時の重要な数学論が歴史上初めてではなかった可能性について考察した.数学的論証に関するピッコローミニの分析とよく似た分析が14世紀や6世紀に既にあったことがわかった.直接の影響関係までは立証できなかったものの,ヨーロッパ哲学における数学論の連続性を示唆する結果であった. 最終年度である平成25年度は,ピッコローミニについての考察を継続し,数学教育の役割についての考察から,彼が人間精神の成長にとって決して数学を軽視していなかったことが確認できた.また,ルネサンス学問論のほかの議論に視野を広げ,16世紀の数学論と比較した.人間が自らの認識の特質と限界について反省し,自らの存在意義に関していっそう理解を深めようとする合理的学問論は,何も近代に固有の知ではなく,古代から初期近代まで続くヨーロッパ的伝統の一部であったことが一層明らかにされた.具体的には,初期ルネサンスの代表的学問論としてF. ペトラルカとC. サルターティを検討し,それが制度化された知の営みにとって持つ意味について考察した.ペトラルカに関しては,『無知について』をはじめとするテキストの分析を薦めた.総体としてみて,今回の研究を通じ,ヨーロッパ思想における合理的,批判的学問論の特質と連続性について,現代的視点から若干の光を投じることができた.
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