研究課題/領域番号 |
23501221
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所 |
研究代表者 |
伊東 隆夫 独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所, 埋蔵文化財センター, 客員研究員 (70027168)
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研究分担者 |
杉山 淳司 京都大学, 生存圏研究所, 教授 (40183842)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 木の文化 / 中国木材 / 樹種同定 / 遺跡出土木材 / 歴史的建造物 / 木彫像 |
研究概要 |
今年度新たに調査研究をおこなった遺跡出土材は江蘇省にある揚州考古研究所から提供を受けた89点と儀征博物館から提供を受けた50点である。一部を残して樹種同定を終えている。揚州考古研究所からの試料では木棺、木椁、木俑が多数同定された。木棺の多くはコウヨウザンや日本に自生しないPhoebe属の他、一部はキササゲ属が使用され、木椁にはほとんどPhoebe属が用いられていた。また、木俑にはキリ属やキササゲ属ほか複数の樹種が用いられていた。時代は多くが漢代のものであった。一方、儀征博物館からの試料については木俑類、木牛、盤、耳杯、箪笥、棺、木矛、木箆、車軸など多数の木製品が含まれていた。全体的にキリ属とPhoebe属の利用が目立った。いずれの例も漢代における江蘇省近辺の木製品であり、漢代におけるこの地域の出土木製品の用材傾向の一端を知ることができる。建築用材については現存の建物ではなく浙江省 Yuhuan にあるSan He Tan 遺跡から出土した約2500年前の建物遺構ではあるが、柱材94点の樹種を同定した。その結果、Phoebe 属の樹種が多数検出された。Phoebe属は中国の現存の建物や遺跡から出土する建物遺構や木棺、木椁などに多用されると聞く。一方、わが国ではPhoebe属と同じ科のクスノキが木棺にしばしば用いられるので両者の耐久性の違いを知ることは意義深い。木彫像については、湖南省由来の73体の神像彫刻の樹種同定をおこなった。その結果、ポプラの仲間とクスノキとサワグルミ属の3分類群の種類のみが同定されたが、特に前2者の利用例がほとんどであった。中国由来の仏像彫刻と神像彫刻の用材を比較すると、仏像にはヤナギ、キリ、シナノキの仲間が多用されているのに対して神像にはポプラやクスノキの仲間が多用されている傾向がみられた。これらの違いが何に起因しているのかについては今後検討したい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
海外の研究者による中国における文化財の調査・研究には中国政府による規制のため、かなり高いハードルがあると感じられる。このことを考慮すると、初年度には当初予想した以上の共同研究の枠組みを複数の研究機関との間で持つことができたことは幸先がよい。揚州考古研究所および儀征博物館から提供を受けた漢代出土の多くの木製品について樹種同定を行った結果、漢代古墳の木椁や木棺にはPhoebe属、木俑にはキリ属の樹種が多用されていることが判明しつつある。歴史的木造建造物の用材の研究については、遺跡出土のものではあるが2500年前の大型建物遺構の柱材の試料について樹種を調べPhoebe属が多数用いられていることが判明している。現存の歴史的木造建造物にphoebe属が好んで用いられていると聞くので、今回の建物遺構の成果は古くからPhoebe属が建物用材として利用されていたことを裏付けるもので大変貴重な成果である。木彫像の用材についてはメトロポリタン美術館所蔵の仏像彫刻の樹種同定の取りまとめを行いその成果が今年度のメトロポリタン美術館から出版された書籍(本の題名は WISDOM EMBODIED Chinese Buddhist and Daoist Sculpture in the Metropolitan Museum and Art)に収録されることができた。これと並行して中国由来の神像彫刻73体の樹種を同定した結果「研究の実績の概要」にも触れたように、仏像彫刻と神像彫刻の用材傾向に違いのあることが判明しつつある。以上から今年度はおおむね順調な達成度ないし一部の研究で予想以上の達成度であると自己評価できる。次年度も引き続き当研究課題に対する理解と協力をもとめつつ研究を推進する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
現在共同研究を進めている揚州考古研究所および儀征博物館から提供を受けた遺物試料についてすべて樹種同定を完了させることを目指す。一部の試料については清水に移し替えた段階でばらばらになってしまうほど腐食していたので、これらについてはPEGなどによる包埋法を適用して顕微鏡標本を作製し、樹種同定を行う予定である。昨年度は上記研究機関所蔵の遺物試料の一部の提供を受けたと認識しているので、今年度は共同研究を一層深化させ、引き続き試料の提供を求める予定である。建物用材については約2500年前の建物遺構の柱材94点の樹種同定をすべて終わらせる予定である。さらに同遺跡からPhoebe属とクスノキ製の柱材が同時に出土しているので両者の耐久性の違いの有無を調べてphoebe属の樹種が好まれる根拠を把握したい。木彫像については、仏像彫刻の樹種同定と並行しておこなってきた神像彫刻の樹種同定もおおむね結果が出ているので、過去に行った仏像彫刻の樹種同定結果も参考にして、両者の用材について比較検討する予定である。これらとは別に、ほかの博物館や研究機関との共同研究の可能性も浮上している。例えば、南京博物院が最近発掘した漢代の古墳からスケールの大きい木椁が出土している。漢代の墓の作りは Huang Chang Ti Cou と呼ばれ、心材の黄色い針葉樹の樹種(柏木)が用いられるとされるが実際にはPhoebe属やその他数種の広葉樹が用いられることが多い。これに関する未解明の点を明らかにするために、漢代の古墳の木椁用材について地域ごとに調査研究を行いたいと考えている。
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次年度の研究費の使用計画 |
初年度に60万円ほど持越しとなったが、これは当初共同研究の一環として短期招聘を予定していた研究者が双方の都合で来日できなかったことおよびデータ整理のための短期雇用の予定が次年度に持ち越されたことなどが重なったので、これらについては次年度に消化する予定である。次年度の経費の主要な使途は旅費である。本研究課題を進めるために共同研究をおこなっている中国の大学および博物館から4人の短期招聘者を予定している。中国において遺跡出土木材の樹種同定は今後ますます重要となると思われるが、現在のところ日本ほど積極的には行われていないと感じている。一方で、最近、中国の博物館では保存処理を積極的におこないつつあるので保存処理に先立ち樹種同定をおこなう必要があることを日本に来て学んでいただきたいと考えている。中国側としても樹種同定を依頼するだけではなく、日本での出土木製品の取り扱い全般および保存処理の現状を見学したいという希望がある。また、中国の大学からの招聘者にはこれまでの遺跡出土木製品の用材事例、木彫像や歴史的建造物の用材などの樹種の利用傾向について講演をお願いし、併せて日本に分布のない樹種の顕微鏡的特徴について討議するなどを予定している。このような機会を信頼確立の好機ととらえ、国情の異なる研究者同士の共同研究を実りあるものにするために予算の範囲内で受け入れる予定である。それぞれに滞在期間は多少変動するが、これに総額約90万円を見込んでいる。これ以外に代表者が国内外の学会参加や調査研究および資料収集旅費として約50万円余りを予定している。その他にはデータ整理および樹種同定用の顕微鏡標本作製のための謝金として20万円、樹種同定用の顕微鏡標本作製および資料整理の物品費として10万円を計上した。
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