各種博物館の学芸員等の専門家は、展示物の保存・展示などの業務に加え、一般の人々に展示物の存在意義や意味を伝える教育・啓蒙活動の実践家でもある。そのような専門家の働きかけ方が、来館・来園者の知識や感情の変化をもたらす機序の解明を目的として本研究に取り組んだ。特に「いのちの博物館」と位置づけられる動物園は、これまでのレクリエーション施設から、野生動物・希少動物の保護や環境教育という現代的な課題に真正面から取り組む拠点として、教育・啓蒙活動の重要性が高まっている。そのような動物園の飼育の専門家である飼育員が一般参加者を対象に行う教育活動の飼育体験をフィールドとして、飼育員の働きかけが参加者の知識・意識・態度に及ぼす効果と要因を、飼育員と参加者双方の側から明らかにすることを試みた。 参加者に対して体験前後でのアンケート調査、体験後のインタビューを通して量的・質的に学びや態度の変化を評価し、飼育員に対しては、体験中の発話をすべて録音・文字データ化し、会話分析の手法を用いて語りの内容と伝え方を分析した。参加者は大人の場合と子どもの場合があり、両者に対する働きかけ方の違いも比較した。最終年度である平成26年度は、総録音時間68時間の飼育員発話を、話題・発話連鎖・目的(教育的側面と対人関係構築的側面)の3次元で分析し、特に教育的目的の発話群については、発話連鎖に着目することで、参加者の知識形成や興味喚起への影響を分析した。その結果、動物の特性や生息環境などに関する知識の伝え方は、大人と子どもでは大きく異なり、子どもに対しては、人間に引き寄せたり動物の代弁をすることや、ヒントを与えて自ら考えさせる問いかけの工夫が行われていること、大人には、参加者からの問いかけやその場の状況を軸に説明を展開し、動物本意の飼育のあり方を印象づける工夫がなされていることを実証的に見いだした。
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