研究課題
ビスフェノールA(BPA)は、プラスチック原料として世界的に広く製造、使用されているが、内分泌かく乱作用が指摘されており、近年はその代替物(新世代ビスフェノール類)が国内外の市場に流通している。ところが、BPA類縁物質の毒性を詳細に調べた例は少なく、またこれらの分析法や環境濃度に関する知見も極めて少ない。そこで本研究では、BPAを含む約20種のビスフェノール類を対象に一斉分析法を確立し、排水処理施設の水質の測定を試みた。分析法の検討では、試料水をSPEカートリッジに通水して固相抽出を行った。その後、目的成分を有機溶媒で回収し、誘導体化を行った後、GC-MSで定性・定量を行った。本研究では、固相抽出の溶出溶媒の種類と誘導体化の条件(時間・温度・種類)等を検討した。また、本法を用いて処理前後の排水試料を分析した。検討の結果、SPEカートリッジの溶出溶媒として、酢酸エチル+メタノール5 mlを用いることで最も良好な回収率が得られた。誘導体化の温度は、70 ºCで10分保持した時が良好な結果を示した。排水処理施設の流入水と流出水を分析したところ、BPAとビスフェノールS(BPS)が検出された。濃度はBPAが0.10-0.31ug/L(平均値:0.20 ug/L)、BPSが0.22-1.06 ug/L(平均値:0.58 ug/L)であり、比較的近似した値が得られた。BPSは2001年からBPAの代替品として感熱紙の顕色剤に利用されている。排水中のBPAとBPS濃度が同程度であったことは、BPSが感熱紙以外の身の回りの生活用品に使用されている可能性を示している。
2: おおむね順調に進展している
本研究の目的は二つに大別される。一つは新世代ビスフェノール類の分析法を確立すること、もう一つはその方法を用いて様々な試料を分析し、水環境中の汚染状況や分布挙動等を把握することである。同じビスフェノール類ではあるが、それぞれ物性が異なる約20種類の物質群を対象に分析法を確立する試みは、検討項目が多く予想以上に困難であった。具体的には、全物質を溶解させ、容易に実験に用いることが可能な有機溶媒の選定、固相抽出用のカートリッジの種類、カートリッジから目的成分を溶出させる溶媒の種類と量、誘導体化を行う際の試薬の種類と量および温度と時間等である。各項目をそれぞれ検討し、さらにブランクの問題もクリアした結果、ようやく世界に例を見ないほどの多種類のビスフェノール類を対象にした分析法を確立した。この時点で、研究全体の約6割が達成できたといってよい。分析対象として最初に選んだ試料は下水排水である。理由として、一般に下水にはBPAを含む多くの化学物質が高濃度に含まれていること、また化学物質は処理前後で濃度が変化するため、その効果が評価できる点が挙げられる。分析の結果、排水中からBPAとBPSが同程度の濃度値で検出された。下水からBPSが検出され、これらが生活用品や身の回りの製品中に含まれている様子が示されたのは世界で初めてである。今後、環境試料を分析する際の貴重な知見が得られており、現時点で研究の達成度は7割程度と考える。
今後は多くの環境試料を分析する予定である。具体的には、同地点から水質・底質・生物を採取・分析し、ビスフェノール類の濃度把握と、各媒体間の関連性を調べる予定である。例えば、水質と底質の濃度値や底質の炭素含量から対象物質の粒子吸着性を推測すること、また水質と生物(貝類)の値から生物濃縮性を明らかにしたい。調査対象域として、ビスフェノール類の集積が予想される工場周辺の河川や大都市沿岸域、排水処理施設周辺の河川やその河口域などを考えている。また、ビスフェノール類のヒト暴露に関する研究も展開する。ビスフェノール類の暴露経路と予想される食品、ダスト、紙製品等をそれぞれ分析し、各物質の濃度値や暴露量、暴露経路の違いを明らかにする。同時に、論文等からビスフェノール類の毒性に関する情報を収集する。得られたデータと水環境中の測定値と比較・解析し、ビスフェノール類の環境リスクを評価する。
昨年度と同様に、化学分析用の消耗品として有機溶媒等の実験用試薬、ガラス器具、測定装置(GC-MS)の消耗品であるきゃぴラリーカラムやガス類を購入する。また、成果を国内外で発表するための出張費や、試料採取のための調査旅費も計上する。また、調査に協力する学生への謝金も含むが、基本的に無駄のない予算の執行を心がける。
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