研究課題
本研究は、体内の水分の完全な喪失や細胞内の凍結に耐性を持つ南極線虫Panagrolaimus davidiが持つ乾燥・凍結耐性遺伝子の同定を目的とする。以下に、平成23年度に計画した2件の研究成果について報告する。1. P. davidiのmRNA発現比較による凍結耐性遺伝子候補の探索:低温処理を行ったP. davidiからcDNAライブラリを作成し、2万5千の配列解析を行った。この結果を、良好な環境で飼育したP. davidiから作成した標準ライブラリとの比較し、低温処理によって発現レベルが著しく変動した遺伝子を複数選び出すことに成功した。これらは寒冷耐性遺伝子の候補と考えられる。興味深いことに、この中には環境(乾燥)耐性遺伝子として知られているLEA遺伝子が含まれており、6種類のLEAのうち、1つは低温ライブラリでのみ、3つは標準ライブラリでのみ発現していた。また、これら複数の耐性候補遺伝子については、温度条件と発現量の変化との関係を定量PCR法によって確認した。この成果は今後の本研究の基礎となる。現在、ニュージーランド、オタゴ大学のD. Wharton博士と共同して、この発現解析についての論文作成を進めている。2. 耐性遺伝子候補の産物の大量合成、および生化学的解析:(1)の研究から得られた耐性遺伝子の候補である6種類のLEAタンパク質について、大腸菌での大量合成を試みた。予備実験として行ったLEA7.2タンパク質は大量に産生でき、タンパク質の精製に成功した。しかし、残念ながら他の5種類のLEAタンパク質は産生が困難であったため、今後は様々なベクター系や融合タンパク質、ホスト大腸菌を試し、さらにのin vitro合成系など異なるタンパク質合成システムにより産生を試みる。
2: おおむね順調に進展している
1. P. davidiのmRNA発現比較による凍結耐性遺伝子候補の探索:低温処理を行った南極線虫P. davidiのcDNAライブラリの配列解析は、耐性遺伝子のスクリーニングに十分な数を行う事ができた。この結果、予定していた寒冷耐性遺伝子の候補を複数得る事ができた。これらの中には既知の耐性遺伝子も見出された。また、発現解析の全般については、共同研究者とともに論文作成による成果発表にも取りかかっており、本計画は当初の予定以上に大きく進展している。2. 耐性遺伝子候補の産物の大量合成、および生化学的解析:乾燥耐性を担うと考えられ、上記のスクリーニングでは寒冷耐性遺伝子の候補として見出された6種のLEAタンパク質の大量合成を試みたが、1種類を除いて成功していない。これは、このタンパク質が正負の電荷を持つアミノ酸がリピートしている特殊な配列を持つためと考えられる。この実験計画は、さらに様々なタンパク質合成系を検討することで継続するが、今後はむしろ生物体内への導入などによる方向からの機能解析に方針を展開したいと考えている。
1. P. davidi耐性遺伝子候補のC. elegansへの導入:P. davidiのcDNAクローンは全てgateway化されており、容易にC. elegansのgatewayベクターに組み替えることが出来る。候補遺伝子については熱ショック誘導ベクターに組み替え、C. elegansへの遺伝子導入を行う。これら遺伝子導入株を用いて、熱誘導の有無で、乾燥・凍結に対する線虫の感受性の変化を調べる。熱誘導特異的に線虫が環境耐性を獲得した場合、その遺伝子を哺乳類の培養細胞などに導入し、遺伝機能の解析をさらに進める。2. P. davidiタンパク質発現プロファイル比較による耐性遺伝子候補の探索:自然状態では温度、湿度は非常に変化しやすいため、耐性遺伝子の発現は長い応答時間が必要な転写調節ではなく、速やかな応答が可能な翻訳調節によって制御されている可能性が考えられる。そこで、標準状態、低温または乾燥条件においた南極線虫P. davidiからのタンパク質の抽出を行い、標準状態でのタンパク質の発現状態と比較、低温、または乾燥ストレス下において発現が変化する耐性タンパク質を単離する。単離したタンパク質は質量分析装置により、これをコードする遺伝子の同定を行う。3. P. davidiでのRNAi実験の条件検討:今年度までに得られた耐性候補遺伝子について、特異的な機能阻害を行うため、その遺伝子の二本鎖RNAを発現する大腸菌を線虫に摂食させるfeeding法によってP. davidiでのRNAiを試みる。
平成24年度に前年度の繰越金が生じた理由は、平成23年度予算で購入する計画であった高価な小型環境試験装置の代わりに、比較的安価で同等の性能を持つ装置を購入できたためである。平成24年度の研究費は、計画通り主に消耗品にあてる予定であるが、研究の結果による計画の修正や、他の研究費との兼ね合いによって、より多くを備品、人件費などに使用する可能性もある。
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Polar Biology
巻: 35(3) ページ: 425-433
DOI 10.1007/s00300-011-1090-2
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