研究課題
高度好塩菌の細胞膜に存在するハロロドプシン(HR)は、光エネルギーを用いて、Cl-を細胞外から細胞内へ輸送する蛋白質である。光で活性化できるという利点に加え、輸送活性などの測定手法の確立によって、HRは輸送分子機構を詳細に解析できる優れたモデル蛋白質となってきている。本研究では、輸送に伴う分子内イベントの解析と、そこに係わる重要アミノ酸残基の同定を通して、HRの分子機構を考察する。今年度は、以下の二つの成果を得た。1.HRが光反応サイクル中に発生する起電力の時間分解測定:誘電性薄膜であるコロジオン膜にHRを吸着させ、この膜を用いた電気化学セルを構築した。誘電性薄膜はコンデンサ、HRは電池とみなせるため、Cl-輸送に伴う輸送起電力は、光誘導電流として観測される。電気化学セルにナノ秒パルスレーザを照射したところ、数ミリ秒で最大となる誘導電流を観測した。これは、光反応サイクルにおけるO中間体の生成・崩壊のタイミングとほぼ一致しており、この中間体の前後で、Cl-の長距離の移動が起こることが示唆された。2.H.salinarum由来のHR(HsHR)の大腸菌発現系を用いた調製法の確立:HRの研究には、HsHRとN.pharaonis由来のHR(NpHR)が主に用いられてきた。両者には、輸送基質の種類や光反応サイクルなど、興味深い違いがあることが知られており、これらを比較することで、Cl-輸送機構をより詳細に検討できるものと期待される。NpHRは、大腸菌における機能的大量発現系が確立しているが、HsHRでは、これがなかった。そこで、HsHRの大腸菌発現系を用いた調製を試みた。その結果、HsHRは、不活性な状態で大腸菌膜に発現するが、可溶化時にレチナールを添加することで、活性型のHsHRを得られることが明らかとなった。この手法によって、HsHR変異体を容易に調製できるようになった。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、目的達成のための具体的な研究項目として、以下の3点を設定している。(1)各輸送中間体で起こる分子内イベントを明らかとする。(2)輸送に伴う構造変化を検出し、それらが起こる輸送中間体を決定する。(3)種々の変異体を作成し、輸送駆動力とイオン透過能に関与する残基を同定する。今年度は、(1)の研究項目を推進するために、HRが発生する輸送起電力の時間分解測定を行い、Cl-の放出が起こる反応中間体を推定することが出来た。同じく(1)の推進のために、好塩菌膜ベシクルに過渡吸収分光法を適用して、輸送素過程を解析することも予定していたが、この測定は、準備段階に留まり、次年度以降の課題となった。一方、これに代わって、H. salinarumのHRを、大腸菌発現系を用いて調製する方法を確立させることが出来た。これは、(3)の研究項目に該当し、今後、種々の変異体を容易に作成し、解析に用いることが可能となった。
「現在までの達成度」欄に記載したとおり、本研究では、3点の具体的な研究項目を設定している。それぞれの研究項目について、以下の測定を行う予定である。(1)各輸送中間体で起こる分子内イベントを明らかとする:Cl-の放出、あるいは、取込みが起こる輸送中間体の崩壊速度は、細胞質側、細胞外側のCl-濃度や、膜電位に依存すると考えられる。これらの条件を設定した好塩菌膜ベシクルを調製し、過渡吸収分光測定を行い、輸送素過程を解析する。今年度は、膜ベシクルの調製法を検討した。来年度以降に分光測定を行う。(2)輸送に伴う構造変化を検出し、それらが起こる輸送中間体を決定する:構造変化によって、HRの親水的、あるいは疎水的な部分が露出される様子を、その部位への化学物質の流入あるいは化学的な結合として検出する。(3)種々の変異体を作成し、輸送駆動力とイオン透過能に関与する残基を同定する:アフリカツメガエル卵母細胞を用いた電気生理学的な測定を行う。既に報告されているHRの結晶構造を参考として、多数の変異体を作成し、輸送に重要な残基を特定する。輸送活性の膜電位依存性を測定し、変異体の「輸送駆動力」と「イオン透過能」を別々に定量する。
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