研究課題
高度好塩菌の細胞膜に存在するハロロドプシン(HR)は、光によって駆動されるCl-ポンプ蛋白質である。内包する色素レチナールの光異性化をきっかけとして、複数の中間体を経由する光反応サイクルをまわり、この間に、1個のCl-を細胞の外側から内側へ輸送する。本研究では、中間体間の遷移時に起こるCl-輸送素過程の解析と、そこに係わる重要アミノ酸残基の同定を通して、HRの分子機構を考察する。今年度は、以下の二つの成果を得た。1.HRは細胞膜内でホモ三量体を形成するが、近年、分離されたNatronomonas pharaonisの変異株に発現するHR(NpHR)の場合は、HR単量体間の間隙に、色素カロテノイドが結合した状態で発現している。カロテノイドは、静電的環境の変化に応じて、吸収スペクトルが変化する色素である。そこで、カロテノイドの吸収変化を利用して、HRのCl-輸送素過程を解析することを試みた。その結果、O中間体の生成と崩壊時に、Cl-の細胞質側での放出と細胞外側での吸着が起こるという結果が得られた。さらに、細胞外側からのCl-吸着で生じるNpHR’中間体は、まだ構造が元の状態まで復帰しておらず、比較的、大きな構造変化を維持した状態であることが示唆された。2.上述の変異株から、HRを大量に含む膜小胞を作成し、膜電位がHRの光反応サイクルに与える影響を測定した。その結果、細胞内負の膜電位によって、O中間体の蓄積量が減少し、かつ、その崩壊に遅延が起こることが判った。これらは、O中間体の生成と崩壊過程に、Cl-の長距離の移動が起こることを示唆しており、やはり、これらの過程において、Cl-の放出と取込みが起こるというモデルを支持する結果であった。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、HRを膜輸送担体のモデル蛋白質として捉え、その輸送分子機構の解明を目指している。目的達成のための具体的な研究項目として、以下の3点を設定している。1.各輸送中間体で起こる分子内イベントを明らかとする。2.輸送に伴う構造変化を検出し、それらが起こる輸送中間体を決定する。3.種々の変異体を作成し、輸送駆動力とイオン透過能に関与する残基を同定する。1に関しては、HRが発生する起電力の測定、HRと結合したカロテノイドの吸収変化の測定、膜電位がHRの光反応に及ぼす影響、の3つの実験結果から、輸送中間体で起こる分子内イベントを推定することができた。3に関しては、Halobacterium salinarumのHR(HsHR)を、大腸菌発現系を用いて調製する方法を確立することができた。これによって、上述したNpHRとHsHRの性質を比較することが容易になった。NpHRとHsHR間の相同性は高いが、光反応サイクル等には、特徴的な違いがある。このため、両者の比較は、それぞれの分子機構を解明するために有用である。
「現在までの達成度」欄に記載したとおり、本研究では、3点の具体的な研究項目を設定している。それぞれの研究項目について、以下の測定を行う予定である。1.各輸送中間体で起こる分子内イベントを明らかとする:好塩菌から、内外のCl-濃度を別々に設定した膜ベシクルを作成し、これらのCl-濃度が光反応サイクルに及ぼす影響を解析する。Cl-の放出と取込みが起こる中間体の崩壊速度は、それぞれが起こる側(外側、または内側)のCl-濃度に依存すると考えられる。これらの測定から、Cl-の放出と取込みが起こる中間体について、より確実な証拠が得られると期待される。2.輸送に伴う構造変化を検出し、それらが起こる輸送中間体を決定する:昨年度に引き続き、構造変化が起こる中間体を、化学物質のHR内部への吸着量の変化や化学的な結合として検出する。3.種々の変異体を作成し、輸送駆動力とイオン透過能に関与する残基を同定する:特に、NpHRの長いへリックス間ループ領域に注目する。この部位の欠失や、そこに含まれる残基を変異させ、輸送駆動力やイオン透過能に現れる変化を観測する。これらによって、このループ部位がもつ役割を検討する。
経費の節減の結果生じた使用残について、HRの構造変化を検出するための化学物質、及び、高輝度光源の購入に使用する。
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