研究課題/領域番号 |
23510278
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
平竹 潤 京都大学, 化学研究所, 教授 (80199075)
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研究分担者 |
渡辺 文太 京都大学, 化学研究所, 助教 (10544637)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | ヒトアスパラギン合成酵素 / 急性リンパ性白血病 / アスパラギナーゼ療法 / 遷移状態アナログ阻害剤 / 化学療法 / 細胞死誘導 / 薬物標的 |
研究概要 |
ヒトアスパラギン合成酵素(hAS) の反応機構を考慮し、反応の遷移状態アナログとして、N-adenylated sulfoximine 1 を合成した。この阻害剤は hAS を強力かつ不可逆的に阻害し、その阻害定数 Ki = 24 nM であった。しかし、ヒト白血病細胞(MOLT-4)を用いた増殖阻害アッセイでは、IC50 = 1 mM と、高濃度の阻害剤を要した。これは化合物1の細胞膜透過性に問題があるためと思われた。そこで、化合物1のアミノ酸部分のカルボキシ基あるいはアミノ基を除去したamino sulfoximine 2, carboxy sulfoximine 3 をそれぞれ合成した。興味深いことに、カルボキシ基を除去したamino sulfoximine 2 は、hAS に対して、化合物1よりも高い阻害活性を示し、天然基質のGln を用いたアッセイではKi = 8 nM であった。一方、アミノ基を除去したcarboxy sulfoximine 3 ではKi = 147 nM と阻害活性は低下した。hAS に高い阻害活性を示した化合物2を用いて、ヒト白血病細胞(MOLT-4)に対する増殖阻害活性を調べたところ、IC50 = 0.1 mM と、細胞に対する増殖阻害活性が10倍に向上した。これは、化合物2のカルボキシ基が除去され、5’-リン酸基の負電荷とアミノ基の正電荷が相殺し、電荷的に中性の分子となったことで、細胞膜透過性が向上した結果と思われる。さらに興味深いことに、化合物2は、アスパラギナーゼの有無に関わらず、単独でMOLT-4 細胞の細胞死を引き起こすことが判明した。これは、hASの阻害によって細胞死が引き起こされることを明らかにした初めての例であり、hASそのものが、白血病化学療法の薬物ターゲットとなりうる可能性を示した点で非常に重要な知見である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
アスパラギン合成酵素の遷移状態アナログ阻害剤である N-adenylated sulfoximine 1 の官能基を変換し、細胞膜透過性にすぐれた分子を設計したところ、ヒトアスパラギン合成酵素を 8 nM の阻害定数(Ki*) で不可逆的に阻害する非常に強力な化合物が得られた。この新規阻害剤を、アスパラギナーゼ耐性白血病細胞に与えたところ、アスパラギナーゼ存在下で、従来の 10分の1の濃度で細胞増殖を阻止する生理活性を見いだしたばかりでなく、単独で与えても、白血病細胞の増殖だけでなく、細胞死を引き起こすことが判明した。これは、細胞透過性の向上による in vivo 活性の上昇のみならず、ヒトアスパラギン合成酵素そのものが、白血病化学療法における新規標的タンパク質であることを明らかにした点で高く評価できる。本成果は、現在、論文投稿中である。また、この一連の研究により、担当の博士課程学生が、農学博士の学位を取得した。
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今後の研究の推進方策 |
ヒトアスパラギン合成酵素を 7 nM の阻害定数で阻害し、細胞透過性にすぐれた阻害剤が得られたため、次のステージとして、 (1) オリジナルの N-adenylated sulfoximine 1 をリガンドとして、ヒトアスパラギン合成酵素との複合体を作成し、X線結晶構造解析による立体構造の解明を目指す。(2) 阻害に重要なコア構造(pharmacophore)を維持しながら親水性官能基やアデノシン部分をよりドラッグライクな構造へと変換するための分子設計を、酵素の立体構造をもとに行う(structure-based drug design)。特に、ATP 依存性の多くの酵素(例えば、キナーゼ類、アミノアシル tRNA 合成酵素)は、共通してAMP 結合部位を有しているため、hAS に対する選択性を上げ、健常細胞に対する毒性を軽減する意味でも、よりドラッグライクな AMP ミミックの開発は急務である。また、hAS の X 線結晶構造解析と並行して、結晶構造の報告されている大腸菌由来 AS-B の座標をもとに、モデリングによりhAS の立体構造を予測し、それを用いて hAS の AMP 結合部位に特異的に結合する分子を、in silico で設計する。導きだした構造をもつ遷移状態アナログ阻害剤を合成し、hAS に対する阻害活性を評価する。高い活性が見いだされた化合物について、細胞レベルの増殖阻害あるいは細胞死誘導活性を調べる予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
本研究は海外の研究グループとの共同研究であり、hAS に対する阻害活性およびMOLT-4細胞を用いた細胞増殖阻害試験、細胞死誘導活性などの生化学的実験は先方が分担し、我々のグループは化合物の設計および合成を担当する役割分担で進める。そのため、次年度はアデニル化スルホキシミンの構造改変によるドラッグライクな阻害剤の開発に特化し、有機合成主体の研究を推進する。したがって、研究費は主として合成用試薬類、溶媒、ガラス器具、精製用シリカゲル、MPLCカラム等の消耗品に使用することとし、また、研究打ち合わせのための旅費を申請する。合成研究には、既存の装置、設備備品を使用するため、新たな設備備品は申請しない。
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