セファロスポリンアシラーゼ(CA)は、詳細な酵素機能や立体構造が解明されているβラクタム抗生物質生産酵素である。一方、キャンディン系抗生物質の製造に利用されているアクレアシンAアシラーゼ(AAC)は、立体構造が未解明で、大腸菌等による異種発現が困難な有用酵素である。 本研究ではまず、野生型CAの立体構造に基づき、活性データが報告されている多数のCA変異体モデルを作製し、複数の計算法を用いて基質とのドッキングシミュレーションを行った。計算から得られる結合エネルギーと実験から得られた酵素活性パラメーターとの比較を行い、最も計算値と実験値の相関の良い計算法を案出した。この計算法を用いてAACの酵素-基質複合体モデルを作製し、CAとAACの異なる基質認識機構の構造的な要因について解析した。その結果、AACの活性中心近傍の基質結合部位の底に、細長い結合ポケットが存在し、この部分にアクレアシンAの長いリポペプチドアシル側鎖を捕捉することで高い結合親和性をもつことが判明した。一方CAの基質結合部位には、βラクタムの短いアシル側鎖と相互作用する浅い窪みしか無く、キャンディン化合物の長い側鎖を格納することは出来ない。これらの知見に基づいて、CAの基質結合部位に複数のアミノ酸置換を導入し、AACのアシル側鎖を捕捉できるような変異体を設計した。実際に合成された変異体酵素は,野生型酵素と較べて,セファロスポリンに対する活性が低下したが,アクレアシンAに対する活性が増大した。これらの結果は,AACとβラクタムアシラーゼの基質認識機構の違いを解明し,本研究で用いたモデリングとドッキングの手法が、アシラーゼ酵素の変異体設計に有効であることを示す。
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