本研究課題の最終年度において,絶滅危惧種ウシモツゴのミトコンドリアDNA(mtDNA)全塩基配列を複数の個体群について決定,比較した.既存の研究(部分塩基配列約700bpを解析,もしくは調節領域のRFLP)では,伊勢湾周辺のウシモツゴは「濃尾平野」「名古屋東部丘陵」「三河・伊勢」の3系統に分かれることが明らかにされていたが,mtDNAの全塩基配列(16611bp)の解析の結果,「濃尾平野」系統は,さらに「美濃・関盆地」と「それ以外の平野部」に分かれることが示された. 現在の地形および近代以前の河川流路とウシモツゴの遺伝的分化のパターンを検討した結果,ウシモツゴのmtDNAの系統は水系の連続性とは関係なく,更新世段丘の分布に対応していた.現在の伊勢湾周辺の水系は最終氷期最盛期(LGM,約2万年前)には伊勢湾全体が陸化していたためにほとんどが連結しており,近世までは木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)の下流域が網目状の流路で連結していたが,更新世段丘上のウシモツゴの遺伝的集団構造が維持されてきたのは,丘陵地のウシモツゴ個体群から下流への流下は容易に生じるが,逆の移住は生じにくいために丘陵地間の遺伝的交流がなかったためと考えられる.現在では低標高地域におけるウシモツゴ個体群は人為的影響によって絶滅しており,平野部のウシモツゴ個体群がどのような遺伝的特徴を持っていたかは不明だが,更新世以降の気候変動による海水準の変動は平野部への海進などによって低標高地域のウシモツゴ個体群をしばしば絶滅させ,段丘上のレフュージアからの流下によって個体群の再生がなされてきたことも考えられる. また,ウシモツゴ以外の希少淡水魚として,トウカイヨシノボリとデメモロコについてもmtDNAの部分塩基配列の解析をおこない,ウシモツゴの地理的分化のパターンと比較することで,それぞれの種の保全単位の検討を行った.
|